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ホンダF1最終年、飾れるか「有終の美」…31年の挑戦史

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 自動車レースの最高峰「F1世界選手権」から今季限りで撤退するホンダ。そのホンダが、パワーユニット(PU=エンジンと周辺システム)を供給するレッドブルは、22戦中7戦を残して、ライバルのメルセデスとドライバーズ部門、製造者部門で首位争いを続けている。F1に足かけ31年挑戦を続けたホンダは、第2期(1983~92年)に両部門を5連覇するなど「黄金期」を築いた。1991年以来30年ぶりとなる両部門制覇を後押ししようと、東京・青山の本社では、製造者部門を制覇した6台のマシンを展示している(18日まで)。会場を取材したモータースポーツファンの記者が、ホンダのF1挑戦史を紹介する。(読売新聞オンライン 長野浩一)

ホンダの歴代チャンピオンマシンが勢ぞろいしたホンダ本社の「ウエルカムプラザ青山」
ホンダの歴代チャンピオンマシンが勢ぞろいしたホンダ本社の「ウエルカムプラザ青山」

第1期(1964~68年) 目指すは頂点! F1への挑戦

 二輪車メーカーとして始まったホンダは、1963年に軽トラック「T360」や初のスポーツカー「S500」を発売し、四輪メーカーの仲間入りを果たす。「次はレース、やるなら頂点を目指そう」と、F1参戦を決めた。当初はロータスにエンジンを供給する予定だったが、計画が頓挫し、独自に車体も仕立てることになった。各国が「ブリティッシュ・グリーン」「イタリアン・レッド」といったナショナルカラーを使う決まりのため、創業者・本田宗一郎が好きなゴールドを使おうとしたが、南アフリカが先に登録していたため、アイボリーホワイトに赤い丸が描かれた「日の丸カラー」のマシンで64年に初めて参戦した。

1965年の最終戦メキシコで、チェッカーを受ける「ホンダ・RA272」(ホンダ提供)
1965年の最終戦メキシコで、チェッカーを受ける「ホンダ・RA272」(ホンダ提供)

 マシンには、排気量1500ccのV12エンジンを、二輪と同じように横置きで搭載。65年の最終戦メキシコで、リッチー・ギンサーの運転でホンダRA272が初優勝した。排気量1500ccで争われたF1で最後の勝利であり、後にF1界を席巻するグッドイヤータイヤの初優勝でもあった。

 92年以降のホンダ車に相次いで設定されたスポーツグレード「タイプR」が、専用色「チャンピオンシップホワイト」や、ホンダのエンブレム内を赤くした通称「赤バッジ」をまとうのは、初優勝したマシンをイメージしているため。ホンダファンなら知るところだが、当初のもくろみ通りゴールドで参戦していたら、タイプRの専用色は金色だったかもしれない。

 排気量3000cc時代が始まった66年は苦戦したが、67年の第9戦イタリアで優勝。68年は水冷と空冷エンジンの2種類のマシンで戦ったが、第6戦フランスで空冷マシンをドライブしたジョー・シュレッサーが事故死した。市販車の排ガス対策や低公害エンジンの開発を進めるため、ホンダはこの年限りで撤退した。

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