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長く陸上女子長距離界を引っ張ってきた福士加代子(39)(ワコール)が、今月末で第一線を退く。引退レースに選んだのは30日の大阪ハーフマラソン。初マラソンで何度も転倒しながら完走した大阪国際女子と同時開催で、思い出深いコースを走る。ラストランを前に陸上人生を振り返った“加代子節”が満載のインタビューをどうぞ。
(聞き手・後藤静華)
――現役引退はいつ頃から頭にあったのか。

「私、ずっと五輪(を中心)に生きてきたんですよね。五輪の選考が終わるたびに考えていたけど、今回、(東京五輪代表を逃した昨年の)日本選手権が終わって『もう疲れたな』って思っちゃった。でも、日本選手権のヘロヘロな走りを最後にするのもどうかと。旦那ちゃんに引退レースがあってもいいんじゃないかと助言をもらって、この形になりました」
――引退は何度も頭をよぎっていた。
「もう毎日、毎月、毎年よ。やめたるわって。でも走り出すと気持ちいい感覚があって、そこでまた続けちゃう。面白いよね、陸上って。何度も故障したけど、それも、かえってよかった。故障の度に走り(のフォームなど)を修正して、アフリカの選手みたいな美しい走りを追い求めて。駄目な原因を探っていくと、より面白くなる。そういう繰り返しで続けてこられたのかな」
――かつて「嫌だ」と公言していたフルマラソンで何度も世界に挑戦。原動力は。
「ずっと嫌だったもん。でもトラックで記録が出なくなってきて、つまらなさを感じていて。勧められて(マラソンに)挑戦したけど、最初は相当なめてかかってた。『トラックの方がきついでしょ』って。それで(初挑戦した2008年の大阪国際女子で)痛い目にあって。あの時の『これで終わりたくない』という気持ちが(諦めずにこられた)きっかけでしょうね」
「あとは、マラソンには答えがない面白みがあったから。精神力だけでも、練習量だけでも駄目で、トラックとは全然ちがう。どんな結果も自分の責任だということにも気付けた。走っている間は自分との対話がやたら多くて、そのおかげで素直な自分と出会えたし、駄目な部分もひっくるめて好きになれた。ずっと自分が嫌いだったけど、今は、落ち込む自分だって好き」
――第一人者として弱みを見せられなかった。

「負けても悔しいなんて言えなかった。昔はいつも笑顔で、負けた後も『次も頑張ります』なんて言っていた。かっこいい福士加代子を、自ら求めて作っちゃった。でも次第に『こんなの本当の自分じゃない。ウソじゃん』って苦しくなってきた頃にちょうど負け始めて、マラソンを始めて。自分を受け止められるようになった。今は悔しい時、『ちきしょう!』なんてことも言える。おかげさまで、(心が)丸裸になりました。すっぽんぽんです」
「指導者はない」これからのことはゆっくり考える
――葛藤がありながらも、レースでは序盤から攻めるスタイルを貫いた。
「怖いんだけど、逃げるよりいい。ボロボロだった(初の五輪の)アテネで『負けたことに負けるな』と高校の恩師に言われた。それがずっと心にあった。私って失敗ばっかり。でも、そのたびに『このままじゃ終われない』(と奮起すること)の繰り返しだった」
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