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今年4月、あるボクサーが異例の挑戦を表明した。元世界ボクシング評議会(WBC)女子フライ級王者、

「何で、パパはボクシングせんの?」
きっかけは昨夏、知人の試合観戦中に3歳の長男が発した、何げない一言だった。
2008年から9年間の現役時代は、11KOを含む16勝(4敗)。好戦的なスタイルで13年にWBCフライ級王座を獲得、2度防衛し、一時代を築いた。
グラブを置いたのは17年だった。体は女でも、心は男。交際していた亜由佳(38)と結婚するため、17年、性別適合手術で体を男に変え、戸籍上も「男」になった。女子で選手は続けられない。7月に挙式。秋に開いた引退記者会見で男でもボクサーになると意欲を見せたが、「本気度を問われたら半々くらい」だった。
それから3児の父になった。現役中に和歌山市内に設立した障害者福祉サービス会社の社長として、仕事に没頭し、夫、そして父として家庭を支えた。年々、ボクシングへの情熱は失われ、グラブにも触れなくなった。「男らしさ」を追求し、しなやかな肉体のボクサーとはかけ離れた、筋肉隆々の体になっていた。
長男の一言にハッとさせられたのは、コロナ禍で経営に不安を感じて夜も眠れず、事務所でぼーっとする時間が増えた頃だった。
いばらの道の先にある喜び

「様々な特性がある子供が生きやすい環境を作りたい」。そんな使命感から、障害がある児童らを、デイサービスなどで支援してきた。大切にしていたのは、大人が生き生きと輝く背中を見せること。自問した。「自分はどうなんや。ずっとモヤモヤして、全然、輝いてないやんか」
男として、男と本気で戦ってみたい――。心の奥底にしまい込んでいた夢に気づいた。
決意を固めるのに時間はかからなかった。「自分のやりたい事に挑戦する、生きざまを見せたい。アホちゃうかと周りに言われたとしても」。亜由佳に打ち明けると、背中を押してくれた。「ええんやない。あなたは自分で決めたことを曲げないでしょ。私も、もう一度見たい気がする」
プロテストの受験資格の上限は34歳。年齢制限を超える22年7月18日まで、1年を切っていた。性別を変えた自分が、テストを受けられるかどうかも分からない。でも、迷わなかった。
「性同一性障害として生まれて、いろんなことに傷ついて生きてきた。だからこそ自分には分かる。いばらの道の先にある喜びが」
未開の地を切り開く挑戦のゴングが、鳴った。(敬称略)
スポーツストーリー「LIFE」
つまずいたり、転んだりしながら競技人生を歩んできたアスリートたちの内面に迫ります。