[The Moments]島人の悲願 結実 1999年 沖縄尚学V

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春の甲子園で初優勝し、大喜びする沖縄尚学ナイン(1999年4月4日)
春の甲子園で初優勝し、大喜びする沖縄尚学ナイン(1999年4月4日)

 九回二死一塁。中堅手のグラブに白球が収まってゲームセットを迎えると、「沖縄、バンザイ」の声が甲子園にこだました。1999年4月4日、選抜高校野球大会決勝。沖縄尚学が7―2で水戸商(茨城)を破り、沖縄勢として春夏を通じて初の甲子園大会優勝を飾った。翌日、那覇空港に凱旋がいせんした選手たちは約2000人もの県民の出迎えを受け、後に沖縄初の県民栄誉賞が贈られる。初挑戦から42年目、ついに沖縄の夢が実った。

 沖縄勢の甲子園初出場は58年夏の首里。米国統治下時代で、選手はパスポートを携えて船に乗り込んだ。帰路、米国の植物防疫法に触れるとして、甲子園の土を海に捨てさせられたという悲話が残る。

 90、91年には沖縄水産が夏の決勝に進んだが、頂点には届かなかった。沖縄の高校野球を先導した同校の栽弘義監督(当時)は「2番から1番に上がるところが最も長い距離」との言葉を残していた。

 戦後に日本本土と切り離された沖縄は、経済や教育、スポーツなど様々な分野で後れを取った。「本土に追いつけ、追い越せ」の心情が、甲子園でプレーする球児への特別な思いを県民に抱かせたとも言われる。アルプススタンドでの指笛を響かせての熱心な応援は、おなじみの光景になった。待ちわびた瞬間だけに、沖縄尚学の快挙は地元にフィーバーをもたらした。

 その後、2008年には同校が2度目の選抜V。10年にはエース島袋洋奨(元ソフトバンク)を擁する興南が史上6校目の春夏連覇という形で、夏の全国選手権も制した。海を渡った紫紺の優勝旗は、高校野球強豪県への道を切り開く契機にもなった。

(前田剛)

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1142251 0 高校野球 2020/04/01 15:00:00 2020/07/20 13:26:10 第71回選抜高校野球決勝/水戸商(茨城)-沖縄尚学(沖縄)/初優勝を決め大喜びする沖縄尚学ナイン(甲子園球場)=大久保忠司撮影 https://www.yomiuri.co.jp/media/2020/04/20200401-OYT1I50033-T.jpg?type=thumbnail

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