[The Moments]復興掲げ兵庫勢輝く…阪神大震災2か月 1995年 センバツ 

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開会式で行進する育英、神港学園、報徳学園の選手たち(1995年3月25日)
開会式で行進する育英、神港学園、報徳学園の選手たち(1995年3月25日)

 「復興・勇気・希望」のスローガンを掲げ、第67回選抜高校野球大会が開幕した。阪神大震災から2か月余り、1995年3月25日の甲子園球場。開会式では、鷲宮(埼玉)の長谷川大主将が「復興の勇気づけとなる試合をすることを誓います」と選手宣誓した。

 被災地では、自宅を失った人たちが避難所生活を強いられ、阪神高速道路は倒壊したままだった。「こんな時に大会を開いていいのか。復興の妨げにならないか」。日本高校野球連盟事務局長だった田名部和裕さんらは、大会の中止や延期、他球場での開催も検討していた。

 それでも開催に踏みきったのは、貝原俊民・兵庫県知事(当時)の後押しがあったから。同2月15日、牧野直隆会長(同)と県庁を訪ねた田名部さんに、知事は「桜の花が咲く頃には明るい話題がいるでしょう」と開催に理解を示した。2日後、「復興に寄与する大会」として開催が決まった。

 兵庫から出場した神港学園、育英、報徳学園の3校はいずれも初戦を突破。なかでも神港学園は、仙台育英(宮城)、大府(愛知)をともに1点差で下し、準々決勝で今治西(愛媛)に延長十三回でサヨナラ負けしたものの、避難所や仮設住宅のテレビで応援していた被災者を喜ばせた。

 震災直後、部員らは避難所で畳を運ぶなどボランティアを続けた。練習を再開したのは2月中旬になってからだったが、甲子園では足を生かした攻撃で勝ち進んだ。当時のメンバーの松平一彦さんは「一生懸命にプレーすることで、少しでも元気を届けたかった」と振り返る。

 今、松平さんは履正社(大阪)で野球部長を務める。25年前の体験を基に、選手には「野球ができることが当たり前だと思うな」と訴え、毎日を大切に過ごすよう説いてきた。コロナ禍で練習も思うようにできず、春夏の甲子園も中止となり、その言葉が重みを増している。(古谷禎一)

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1253687 0 高校野球 2020/06/01 15:00:00 2020/07/20 13:26:08 (グラフ)選抜高校野球大会の開会式で堂々と行進する兵庫県代表の報徳学園、神港学園、育英高校ナイン。(西宮市甲子園町、阪神甲子園球場、3月25日) https://www.yomiuri.co.jp/media/2020/06/20200601-OYT1I50039-T.jpg?type=thumbnail

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