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「世界の王」引退40年、ホームランだけでない「2位」と大差の大記録

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 世界のホームラン王、王貞治さんが40歳で引退して11月4日で丸40年となる。突出した記録を次々と打ち立て、今もなお多くの日本プロ野球記録を持ち続ける王さん。40年間、多くの名選手が近づくことすらできない偉大な記録を、2位と比較しながら紹介する。(読売新聞オンライン)

1977年9月3日、大リーグ最多記録を抜く通算756号本塁打を放ち、1塁へ向かう王さん(後楽園球場で)
1977年9月3日、大リーグ最多記録を抜く通算756号本塁打を放ち、1塁へ向かう王さん(後楽園球場で)

通算記録

 本塁打 868本(2位657本=野村克也)
 長打 1315(2位1077=野村克也)
 打点 2170(2位1988=野村克也)
 塁打 5862(2位5315=野村克也)
 いずれも2位は野村さん。監督と兼任しながら45歳まで現役を続けた「生涯一捕手」のノムさんにいずれも大差をつけた。特に、本塁打は211本差。野村さんは王さんの4分の3に過ぎない。王さんは引退した年にも30本ものホームランを放った。
 大リーグでは、禁止薬物使用疑惑のあるバリー・ボンズの762本が最高で、単純な比較はできないが、100本以上の差がある。「世界の」という呼称がつくのも当然だ。

 ちなみに本塁打以外での比較では、野村さんの記録は、長打が王さんの82%、打点は92%、塁打は91%だった。

1978年8月30日、大洋(現DeNA)戦で通算800号本塁打を放ち、試合後、オープンカーに乗って場内を1周する王さん
1978年8月30日、大洋(現DeNA)戦で通算800号本塁打を放ち、試合後、オープンカーに乗って場内を1周する王さん
800号達成を電話で家族に知らせる王さん
800号達成を電話で家族に知らせる王さん

 長打率 6割3分4厘(2位5割9分2厘=カブレラ)※4000打数以上
 1打数あたりの塁打数の平均値を表すのが長打率。例えば10打数で単打2本、本塁打1本なら塁打6で長打率は6割となる。長打と確実性を兼ね備えたスラッガーの証しとも言えるこの数字。ホームランを比類なきペースで打ちながら、首位打者を5度、最多安打を3度も獲得した王さんならうなずける。

 得点 1967(2位1656=福本豊)
 ホームランが多いので当然だが、ホームに生還した回数の「得点」もダントツだ。黄金期の阪急(現オリックス)でトップバッターを務めた福本豊さんが2位だが、311点も引き離している。
 ちなみに福本さんの通算盗塁数1065は王さんの本塁打記録以上に他の追随を許さない数字。2位広瀬叔功さんが596だから、実に1・8倍近い異次元の記録だ。

1965年、甲子園球場での阪神戦で敬遠される王さん
1965年、甲子園球場での阪神戦で敬遠される王さん

 四球 2390(2位1475=落合博満)
 故意四球 427(2位228=張本勲)
 選球眼の良さに加え、「ホームランを打たれるぐらいなら歩かせよう」といかに恐れられていたかを示す数字だろう。通算四球は2位に1000近い差をつけ、王さんをしのぐ三冠王を3度獲得した落合さんの1・6倍に。故意四球、いわゆる「敬遠」は3000本安打を放った張本さんの1・9倍近い数字となった。しかも王さんの次の打者はミスタープロ野球、長嶋茂雄さんが多かった。相手投手の苦しみは想像に難くない。

 出塁率 4割4分6厘(2位4割2分3厘=落合博満)
 四球数がダントツのため出塁率も高くなる。公式記録ではないが、通算5000打数以上の打者中、1位とされる。2位は落合さんで、その差2分3厘。落合さんと3位張本勲さんとの差は2分4厘も開いた。

1962年、一本足打法を始めた頃の王さん。この年から本塁打王を13年連続で獲得した
1962年、一本足打法を始めた頃の王さん。この年から本塁打王を13年連続で獲得した

「13年連続タイトル」「名手の勲章も引退まで連続受賞」

1976年11月、セ・リーグ最優秀選手に決まった王さん。近所の子供たちと笑顔で野球を行った
1976年11月、セ・リーグ最優秀選手に決まった王さん。近所の子供たちと笑顔で野球を行った

タイトル

 連続本塁打王 13年(2位8年=野村克也)
 1度獲得するだけでも難しい本塁打王を13年間、取り続けた。考えられない数字だ。
 一本足打法を取り入れた22歳の1962年に初めてタイトルを獲得して以来、トップの座を守り続けた。75年にこの記録を止めたのは、ライバル阪神で「ホームランアーチスト」と言われるほど高い弾道の美しいホームランを量産した田淵幸一さん。しかし76、77年は王さんがタイトルを奪回した。16年で15度の本塁打王。この記録も、もちろん日本一で、次点は9度の野村さん。2人に次ぐのが現役の中村剛也(西武)で6度だ。
 他のタイトルを見ると、福本さんの記録が目を引く。盗塁王になんと王さんと同じ13年連続で輝いた。ただ連続記録が途絶えた後は、奪回はならなかった。

 打点王 13度(2位7度=野村克也)
 最高出塁 12度(2位9度=張本勲)
 最優秀選手 9度(2位5度=長嶋茂雄、野村克也)
 王さんは、打点王、最高出塁も10回以上獲得した。他に同一タイトル獲得回数を2桁に乗せたのは、福本さん以外には、長嶋さんの最多安打と、400勝投手金田正一さんの最多奪三振の10度のみだ。最高出塁は、1985年以降は、セ、パとも最高出塁率として表彰されるようになり、それを含めての数字。
 優勝チームから選ばれることが多い最優秀選手だが、V9の間は王さんが5度、長嶋さんが3度、堀内恒夫さんが1度受賞した。王さんはチームが優勝を逃しても、年間55本塁打の日本記録を樹立した64年や、2年連続で三冠王を獲得した74年にも受賞した。

 シーズン最多四球 158(2位130=丸佳浩)
 タイトルではないが、1シーズンの最多四球も際立つ多さだ。「158」は1974年に出場130試合で樹立した記録。現巨人の丸の「130」は広島時代の2018年に作ったが、実は王さんは130以上を計4度も記録している。

1978年2月、キャンプで守備練習をする王さん
1978年2月、キャンプで守備練習をする王さん

 ゴールデン・グラブ賞受賞 9度
 守備もうまかった王さんだが、これは1位ではない。歴代最多は12度の福本豊さん。一塁手としての最多は駒田徳広さんの10度だ。ただ、この賞がダイヤモンドグラブ賞として設立されたのは1972年。その年から引退する80年まで、王さんはこの賞を受賞し続けた。王さんは60年から正一塁手に定着していた。もっと早くこの賞が制定されていれば、いったい何度受賞したことだろうか。

 王さんの年度別成績はこちら。https://npb.jp/bis/players/81383808.html

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1593918 0 プロ野球 2020/11/01 09:51:00 2020/11/01 09:51:00 https://www.yomiuri.co.jp/media/2020/10/20201031-OYT1I50022-T.jpg?type=thumbnail

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