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[掛布雅之物語]<1>身長1m68、無名の高校生の猶予は4年「プロでダメならけじめ」

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入団当時を振り返る掛布雅之さん=宇那木健一撮影
入団当時を振り返る掛布雅之さん=宇那木健一撮影

 不断の努力で無名の高校生から球界を代表する選手に上り詰めた元阪神、掛布雅之氏(65)。野球解説者として幅広く活躍する今、サインを求められると必ず「憧球どうきゅう」と書き添える。現役引退から30年以上たってもなお、野球の魅力に強くかれるという「ミスタータイガース」が、新型コロナウイルスの影響で苦境に立つ球児らに今、伝えたいこととは――。「僕の体験が少しでも役立つなら」と激動の野球人生を語り始めた。

 昨年11月10日、阪神の本拠地・甲子園で行われた巨人との最終戦。この夜、テレビ解説の仕事で球場を訪れていた掛布は九回、現役最後のマウンドに上がる藤川球児(40)を感慨深げなまなざしで見つめていた。

 「幸せなユニホームの脱ぎ方だったと思います。自分の判断で、自分の進退を決められたわけですから」

 タイガースの4番だった自分と、守護神の藤川。長くチームの屋台骨を支えた選手だからこそ、共感できるものがある。掛布も1988年10月10日、現役最後の試合を甲子園(対ヤクルト戦)で迎えた。ただ、ドラフト1位で入団し、米大リーグでもプレーした後輩を、どこかうらやましく思ったのかもしれない。掛布はこの後、意外な言葉を口にした。

 「僕がプロに入ったのは野球をやるためじゃなく、やめるためだった」

一筋の光

 香港出身のアグネス・チャンが歌う「草原の輝き」が選抜高校野球大会の入場行進曲に採用された74年、掛布は千葉・習志野高からドラフト6位で阪神に入団した。高校2年夏に「4番・遊撃手」で出場した甲子園は1回戦敗退、3年夏は県大会で涙をのんだ。巨人の長嶋茂雄や王貞治に憧れ、プロ野球選手を夢見ていた無名の高校生に関心を寄せる球団はなかった。

 一筋の光が差し込んだのは、ドラフト会議を間近に控えた高校3年の秋。千葉の別の高校で監督も務めた父・泰治の知人を通じ、阪神二軍の練習に参加する機会を得た。取り次いだのは、後に阪神の監督になる安藤統男もとおだった。

 この年限りで現役引退した安藤のユニホームを裏返しに着て二軍選手と同じメニューをこなした。入団テストのつもりで練習に参加した掛布は、身長1メートル68と小柄な体でがむしゃらに白球を追い、バットを振った。1週間の練習を終えた後、球団からドラフト指名すると約束をもらった。

「縦じま」に満足

 入団時の心境を覚えている。「縦じまのユニホームに袖を通せたことで、満足だった。テスト生みたいなものだし、プロで活躍できるなんて頭の片隅にもなかった」。父には「大学に行かせたつもりで時間をやる。それでダメなら、野球を続けたいと言ってもやらせない」とクギを刺されていた。

 猶予期間は4年。「大学や社会人なら、野球をやめる時に自分を納得させられないかもしれない。でも、プロでダメなら大好きな野球にけじめをつけられる」。自分を納得させてユニホームを脱ぐため、掛布は練習に打ち込んだ。(敬称略、随時掲載)

 かけふ・まさゆき 1955年生まれ、千葉県出身。74年に千葉・習志野高からドラフト6位で阪神に入団。本塁打王に79、82、84年の3度輝き、82年は打点王との2冠をマークした。三塁手として、守備の優れた選手に贈られるダイヤモンドグラブ(現ゴールデン・グラブ)賞も6度受賞。長く4番打者を務め、85年はセ・リーグ優勝、日本一に貢献したが、けがもあり、88年に33歳の若さで現役引退した。プロ15年間つけた背番号は「31」。通算成績は1625試合出場、打率2割9分2厘、1019打点、349本塁打、1656安打。2016、17年は阪神二軍監督を務めた。

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1802705 0 プロ野球 2021/01/28 15:00:00 2021/06/08 11:50:13 入団当時を振り返る掛布雅之さん(18日午後2時46分、兵庫県西宮市で)=宇那木健一撮影2020年11月18日撮影 https://www.yomiuri.co.jp/media/2021/01/20210128-OYT1I50035-T.jpg?type=thumbnail

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