長嶋さん笑顔「思ってもみなかった」「一生懸命やってきた成果」

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 文化勲章受章が決まったプロ野球・読売巨人軍終身名誉監督の長嶋茂雄さん(85)は、「思ってもみなかった。野球界では初めてと聞き、大変な栄誉。一生懸命、野球をやってきた成果だと思います」と笑顔で喜びを語った。

巨人の監督時代、選手にノックをする長嶋終身名誉監督(1993年2月撮影)
巨人の監督時代、選手にノックをする長嶋終身名誉監督(1993年2月撮影)

 1958年に巨人に入団した長嶋さんが自ら「ベストシーン」と言うのが、プロ野球史上初めて天皇、皇后両陛下が観戦された59年6月の「天覧試合」。阪神戦で放った劇的なサヨナラ本塁打は「燃える男」を全国に印象づけ、プロ野球を国民的スポーツに押し上げるきっかけとなった。

 巨人は65年から9年連続日本一に。「巨人、大鵬、卵焼き」は当時、子どもが好きなものの代名詞であり、「ミスタージャイアンツ」は高度成長期の日本を象徴するスターだった。

 引退後は巨人の監督を2期、15年にわたって務め、5度のリーグ制覇、2度の日本一に輝いた。

 巨人の監督を勇退した後、2004年アテネ五輪の野球日本代表の監督に就任し、予選を勝ち抜き、出場権を得た。だが、04年3月、脳 梗塞こうそく に倒れた。「医師に『アテネに行けば、責任を持てない』と言われ断念したが、自分で決めて良いなら行くつもりだった」と今も無念の思いは消えない。

 今夏の東京五輪の開会式では、V9時代に「ON砲」としてコンビを組んだ王貞治さん(81)、巨人監督時代のまな弟子である松井秀喜さん(47)とともに、聖火ランナーを務めた。ようやくたどり着いた五輪の舞台だった。右半身には今も障害が残るが、松井さんに支えられ、懸命に歩を進めた。「スタンドから眺めてきた雰囲気とは全く違う光景だった。やり抜くことが出来て何とも言えない感動を覚えました」と振り返る。

 若い頃から常に一番に考えてきたのは、ファンの存在だ。時代とともに、プレースタイルも選手の考え方も変わっていく中、「ファンあってのプロ野球。ファンが喜んでくれる方向に進んでいってほしい」と球界のことを気にかけている。

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2471051 0 プロ野球 2021/10/26 12:06:00 2021/10/26 12:54:29 ウィンドブレーカーを脱ぎ捨てて、ノックの雨をふらす巨人軍・長嶋茂雄監督。宮崎県宮崎市で。1993年2月撮影 https://www.yomiuri.co.jp/media/2021/10/20211026-OYT1I50071-T-e1635220465661.jpg?type=thumbnail

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