王貞治さんら鍛えた巨人キャンプの聖地、解体へ…「観客応援できつい練習乗り越えた」

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 黄金期のプロ野球・読売巨人軍が1974年まで16年、春季キャンプを行い、高校野球の舞台にもなった旧宮崎県営球場(宮崎市)が近く解体され、86年の歴史を終える。汗と涙が染み込んだ球場に、往年の選手や市民からは「ありがとう」と感謝の気持ちが送られている。(浜崎大弥)

近く解体される旧宮崎県営球場(3月30日、宮崎市で)
近く解体される旧宮崎県営球場(3月30日、宮崎市で)
多くの観客に見守られる中、打撃練習をする巨人の選手たち
多くの観客に見守られる中、打撃練習をする巨人の選手たち

 1936年、陸軍の演習に伴って昭和天皇が同県を訪問されたのを機に一帯が体育施設として整備され、旧県営球場も完成した。両翼95メートルで3000人を収容。39年には初めてプロ野球の試合があり、59年からは巨人が春季キャンプを行うようになった。

 現役通算868本塁打を放った「世界のホームラン王」、福岡ソフトバンクホークス会長の王貞治さん(81)にも数々の思い出がある。宮崎キャンプが始まった年が入団1年目。球場はグラウンドと観客席の距離が近かった。厳しい練習でくたくたになり、足が動かなくなった王さんに、観客からは「何やってるんだ」「頑張れ」との声援が飛んできたという。

 「今と違い、お客さんたちは選手の息づかいが聞こえるくらいの(近い)位置で見学していた。その応援で、きつい練習を乗り越えられた」と王さん。その後スラッガーに成長し、キャンプの打撃練習で球場外のテニスコートまで打球を飛ばすようになった。

王貞治さん
王貞治さん

 王さんや「ミスタージャイアンツ」と呼ばれた長嶋茂雄さんらこの球場で鍛錬した巨人ナインは、65年から日本シリーズ9連覇を達成した。王さんは「なくなってしまうのは残念だが、県営球場の良さは僕らの胸の中に永遠に残り続ける」と語る。

 キャンプの思い出は地元住民の心にも刻まれている。巨人の当時の宿舎近くにある釜揚げうどん店「重乃井」には、練習を終えた選手がよく立ち寄った。皆、ユニホーム姿でうどんやいなりをぺろりと平らげたという。 女将おかみ の伊予 展子のぶこ さん(71)は「球場は、選手と店をつないでくれる特別な場所だった」。

 巨人は75年から、現在の県総合運動公園内の球場にキャンプの拠点を移し、県営球場はその後、高校野球の県大会などで使われた。

 福岡ソフトバンクホークスなどでプレーし、現在は社会人チームでコーチを務める寺原隼人さん(38)も、日南学園高時代に県営球場のマウンドに立った。ベンチからスタンドで応援する仲間の顔がはっきり見え、奮い立ったという。「地元の好きだった場所がなくなるのはさみしい」と話す。

 2001年3月、「県営球場」の看板を下ろし、その後は県立宮崎工業高野球部が今月上旬まで練習場として使った。跡地には県プールなどが整備される。同野球部3年の安藤智哉主将(17)は「巨人軍が練習し、宮崎の高校野球の聖地である球場を使わせていただけたのは光栄だった。球場に、感謝したい」と語った。

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