徳勝龍、「勝」の字もらった亡き師に感謝…「一緒に土俵で戦ってくれた」

メモ入力
-最大400文字まで

完了しました

初優勝を果たし、泣き顔で勝ち名乗りを受ける徳勝龍(26日、両国国技館で)=中村光一撮影
初優勝を果たし、泣き顔で勝ち名乗りを受ける徳勝龍(26日、両国国技館で)=中村光一撮影
初優勝し、八角理事長(右)から賜杯を受ける徳勝龍(26日、両国国技館で)=中村光一撮影
初優勝し、八角理事長(右)から賜杯を受ける徳勝龍(26日、両国国技館で)=中村光一撮影

 幕内最下位の「幕尻力士」の快進撃は千秋楽も止まらなかった。26日に両国国技館で千秋楽を迎えた大相撲初場所で、初優勝した徳勝龍関(33)は「大変なことをやってしまいました」と喜んだ。長く、幕内と十両の往復が続いた遅咲きの男が、主役の座を射止めた。

 土俵下での優勝インタビューは笑いと涙に包まれた。開口一番、「自分なんかが優勝していいんでしょうか」。優勝争いについては「意識することなく」と言いかけた後、「うそです。めっちゃ意識してました」と言い直し、満員札止めの国技館の観客を沸かせた。

 そんな徳勝龍関には、優勝を報告したい恩師がいた。場所中、母校近畿大相撲部の伊東勝人監督が55歳の若さで急逝。インタビューで監督に話が及ぶと言葉に詰まった。「監督が見ていてくれたんじゃなくて、一緒に土俵にいて戦ってくれた」と涙をぬぐった。

 しこ名に「勝」の字をもらった伊東監督は特別な存在だ。高知・明徳義塾高で実力者との差を痛感し、実業団に進もうと考えていた時にスカウトされた。「監督が大学に誘ってくれなかったら今の自分はいない。プロにもなっていなかった」

 今場所は監督からもらった言葉を胸に刻み、土俵に上がった。「はたいてもいい。前に出てからなら(技は)かかる」。伊東監督は引き技で墓穴を掘る自分の悪癖を認めた上で、助言してくれた。終盤戦は土俵際の突き落としで連勝。「監督に字をもらっている。恥ずかしい相撲は取れない」と徳勝龍関。恐れず先に相手に圧力をかけていたからこその逆転劇だった。

 初土俵から11年。苦しい時期も長かった。今場所も「弱気になるたび監督の顔が思い浮かんでいた」と奮い立った。亡き恩師に背中を押されて進んだ先に栄光の賜杯が待っていた。

父も涙「ほんまに夢」

 徳勝龍関の地元・奈良市では、市役所1階ロビーに大型テレビを2台置き、父の青木順次さん(73)ら約200人が取組を見守った。初優勝が決まった瞬間、「おめでとう」の歓声と万歳三唱がわき起こり、奈良県出身では98年ぶりとなる幕内優勝を祝った。

 最前列に陣取っていた順次さんは周囲から握手攻めにあい、「夢ですね。ほんまに夢」と涙をぬぐった。順次さんは柔道五段の元警察官で、息子の幼少時から柔道を指導。小学4年の頃から本格的に相撲を始めたが、弱音を聞いたことは一度もなかったという。

 初優勝を決めた結びの一番は「何かが乗り移ったような、神がかった取組だった。平幕のどん尻から……。到底考えられない。ようやった」と喜んだ。

 一方、母のえみ子さん(57)は両国国技館で観戦した。

 幕内最下位の「幕尻」で臨んだ今場所は、十両転落を心配し、「けがをしないように、絶対勝ち越して(春場所のある)大阪に帰ってきてほしい」と連絡していたという。「一つの勝ち越しだけで十分だったんですけど、ここまで来たら優勝しかないと思っていた。現実になりました」と感激していた。

無断転載・複製を禁じます
1020567 0 大相撲 2020/01/26 21:07:00 2020/01/27 07:42:38 2020/01/27 07:42:38 優勝し、八角理事長(右)から賜杯を受け取る徳勝龍(26日、両国国技館で)=中村光一撮影 https://www.yomiuri.co.jp/media/2020/01/20200126-OYT1I50031-T.jpg?type=thumbnail

ピックアップ

読売新聞購読申し込み

アクセスランキング

新着クーポン

読売IDのご登録でもっと便利に

一般会員登録はこちら(無料)
ページTOP
読売新聞社の運営するサイト
ヨミダス歴史館
ヨミドクター
発言小町
OTEKOMACHI
元気ニッポン!
未来貢献プロジェクト
The Japan News
YOMIURI BRAND STUDIO
美術展ナビ
教育ネットワーク
活字・文化プロジェクト
よみうり報知写真館
読売新聞社からのお知らせ