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大栄翔の母「極端に大きい子ではなかった」…中学では運動部を避け園芸部に

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 埼玉県出身の力士に待望の賜杯――。24日に東京・両国国技館で行われた大相撲初場所の千秋楽で、朝霞市出身の西前頭筆頭、大栄翔関(追手風部屋=本名・高西勇人)(27)が勝って13勝2敗とし、念願の初優勝を果たした。優勝制度は1909年(明治42年)に始まったが、113年目で県出身初の優勝力士が誕生した。(吉見光次)

初優勝を決めた大栄翔関(24日、両国国技館で)=園田寛志郎撮影
初優勝を決めた大栄翔関(24日、両国国技館で)=園田寛志郎撮影

 優勝のかかる大一番で、大栄翔関は西前頭5枚目の隠岐の海関と対戦。いつも通りの激しい突っ張りで攻め立てて突き出し、最後まで自身の相撲を貫いて頂点に立った。

 母の高西恵美子さん(58)によると、大栄翔関は3150グラムで生まれた。「極端に大きい子ではないが、背は高い方だった」という。同市立第四小学校1年の時に、市内の大会で優勝したことがきっかけで、地元の「朝霞相撲錬成道場」へ通い始めた。

 同市立第一中学校では、土日の稽古に支障が出ないよう、運動部を避けて園芸部に入部。時折ナスやキュウリを持ち帰ってきた。2年の時には県選抜メンバーに入った。県選抜の監督を務めた西沢正夫さん(58)は「当時は私のクラブ(入間少年相撲クラブ)のライバル選手だったが、試合で会う度に必ずあいさつしてくる礼儀正しい子だった」と振り返る。強い相手と多く稽古をさせるために、週末には自身の家に呼んで泊まらせ、速い立ち合いなどを教え込んだ。

 高校は相撲の強豪・埼玉栄に進み、寮生活に入った。山田道紀監督(55)は「2年までは控えだったが、食事準備を手伝う『ちゃんこ番』を黙々と務め、熱心に基礎練習を繰り返した。3年になって急速に強くなった」という。

 高校総体で団体2位、個人3位の好成績を収めた後、追手風部屋(草加市)へ入門。突き押し相撲にスタイルを変え、徐々に番付を上げていった。2014年に十両昇進、15年には新入幕、20年には県出身力士で57年ぶりとなる関脇に昇進し、今場所で悲願の初優勝を果たした。

大栄翔関の優勝を喜ぶ母の恵美子さん(手前左)と兄の一直さん(同右)(24日、朝霞市で)
大栄翔関の優勝を喜ぶ母の恵美子さん(手前左)と兄の一直さん(同右)(24日、朝霞市で)

 恵美子さんは弁当店で働くなどして、大栄翔関とその兄の一直さん(30)の2人を育ててきた。24日は、後援会員らとともに朝霞市内でテレビ観戦。我が子の優勝を皆から祝福され、目に涙を浮かべた。

 「今場所は特に自分らしい相撲を取ったと思う。15日間楽しませてくれて、ありがとう。少し休んでね」。母親らしい優しさも見せながら、感慨に浸っていた。

 大栄翔関の初優勝について、大野知事は「終盤まで優勝の行方が分からない中で、立派な優勝を成し遂げた」とたたえた。

 出身地・朝霞市の富岡勝則市長も「コロナ禍による暗いニュースが多い中でとても元気をいただき、市の代表としてお祝いを申し上げます」とのコメントを発表した。

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1794051 0 大相撲 2021/01/25 10:47:00 2021/01/25 11:16:00 2021/01/25 11:16:00 突き出しで隠岐の海を破り、初優勝を決めた大栄翔(右)(24日、両国国技館で)=園田寛志郎撮影 https://www.yomiuri.co.jp/media/2021/01/20210125-OYT1I50016-T.jpg?type=thumbnail

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