他者を責め快感 脳の性質
脳科学者として活躍する中野信子さんが今年、『人は、なぜ他人を許せないのか?』(アスコム)=写真下=を出版しました。他者に対し、「許せない」という感情を抱き、過度な制裁を加えてしまう現象が、SNS上などでよく見られます。そうした状態にならないための方策を、中野さんに聞きました。
SNS上で顕著

著書『人は、なぜ……』では、人が他人に対して「許せない」と思う原因を、脳科学の様々な観点から説明しています。
「自分の意見こそが正義」と思い、異なる意見の人を「悪」とみなして徹底的に攻撃してしまう、いわば正義に溺れてしまっている状態を、中野さんは「正義中毒」と名付けています。
こうした現象は、自分の所属している集団以外の他者を責めることで快感を覚える脳の性質に起因するものだそう。そのため、誰でも正義中毒に陥ってしまう可能性があるといいます。それが顕著に表れるのがSNS上です。「自分の正体がわからない『匿名』の状態になると、人は悪魔のようになってしまうことがある」と中野さんは言います。
こうした現象は、特に日本で目立つそう。その理由について中野さんは、地震や風水害などの自然災害が多く、集団のルールを守る集団の方が生き残る可能性が高いという日本の地理的条件が、集団主義と同調圧力を強めることになったのではないかと推測します。
自分だけが正しいと信じ込む態度は、他者との議論の際も悪影響を及ぼします。
日本人は議論が下手だとよく言われます。中野さんが暮らしていたフランスでは、それぞれの意見の相違点について、深く掘り下げるのに対し、日本は、本質的な探究をせずに、人格攻撃などになり、喧嘩のようになってしまいます。
「完全に言い負かすことが勝ちではなく、本当に重要なのは『相手を納得させること、自分にとっていい方向に話を持っていくこと』」だと中野さん。
ジュニア記者の一人が通う学校でのディベートでも、相手を言い負かそうと熱くなるあまり、肝心の議論の展開で劣勢になるということが度々ありました。
上手な勝ち方とは、お互いに傷つけ合わず、相手のおかしいところを理解してもらいながら、「もう少し頑張れば勝てたのに」と思わせることだそう。「51対49で勝つのが、一番かっこいい勝ち方」と聞いて、確かにそうだと思いました。日頃の交渉術として役に立ちそうです。
「メタ認知」で脱却 自分を客観的に見る
「万人に効く『正義中毒』の治療法はない」という中野さん(撮影=キム・アルム) では、「正義中毒」を乗り越えるには、どうしたらいいのでしょうか。
そのカギとなるのは、自分を客観的に見る「メタ認知」だそう。メタ認知の能力は、小学校低学年ごろから育ち始め、完成するのは30歳ぐらいだといいます。自分の近くに鏡があると想像し、そこに映ったら恥ずかしいと思うことをしないように意識することで、メタ認知の力を鍛えることができるそうです。
一方、自分の所属する集団について、それ以外の集団よりも良いと思い込むことを「イングループ(内集団)バイアス」と呼びます。アメリカ大統領選などでも、この現象が起こっています。トランプ氏を支持しない人たちは、支持者に対して「バカ」などのレッテルを簡単に貼り、「トランプ現象」の背景に何があるのか、ということを考えなくなってしまいます。
そうやって一刀両断にすると、あれこれ考える必要がなく、脳の“省エネ”になって楽なため、つい、こうした思考回路に陥りがちだそう。
こうした脳の様々な機能について知り、意識することが、正義中毒や差別と決別する第一歩なのだと感じました。
脳科学と聞くと、どうしても専門的で難しそうな印象を受けますが、中野さんの著作はどれも日常生活に根ざした問題意識が核にあり、科学的に興味深いと同時に日常でも応用できそうな内容ばかりです。「わからないことを楽しむのが研究の醍醐味」と語る中野さんの晴れやかな表情がとても印象的でした。
(高2・遠田剛志、安田花、中3・丹羽美貴、中2・竹中夏希、中1・青島アティーシャ・アンジェロ記者)