和歌の高嶺に腕を振りつつ(1)
完了しました
富士高(静岡県) 百人一首部
富士の春 二つの才の 出会うとき

窓の外に広がる青空の真ん中に、雪化粧を施した富士山がそびえ立つ。
い草の香りと12月の
ピンと張りつめた空気を、百人一首の自動読み上げ機の音声が破る。
〽ちは……
「ビシッッツ!!」
静寂からの爆発的な動――。ほぼ同時に動き出した2人だが、アユミの右手がわずかに早く札をはじき飛ばした。
一瞬の決着の余韻を際立たせるかのように、読み上げ機の朗々とした声が続く。
〽
ここは、富士高校百人一首部。競技かるたの全国大会で1979年の第1回大会から10連覇を成し遂げた古豪だ。大人気漫画「ちはやふる」に登場する強豪校のモデルともいわれる。
2年生のアユミとマイコはその名門の看板を背負って立つダブルエースだ。
やってみたい!!
「なんてキレイなの……」
小4の夏、アユミは兄が通っていた富士高校の文化祭を訪れ、思わず息をのんだ。
百人一首部の模擬試合。色鮮やかなはかま姿のお姉さんが、あり得ないくらいのスピードで札を奪いあう。その激しさと美しさときたら……。
これやってみたい!!
一目
地元に競技かるたの教室があることを知ると、すぐに入門を決めた。その頃にはすでに、百人一首をほとんど暗記していたから、「すごい小学4年生が現れた」と愛好家の間ではちょっとした話題にもなった。
札払う快感

もう一人のエース・マイコが百人一首と出会ったのはその1年後、小5の冬だ。
「超気持ちいい~!!」
手元にかるたの札を積み重ね、マイコはそれはそれはご満悦だった。学校の授業でやった百人一首のかるた。枚数を減らした遊び程度のものだったけど、面白いように札が取れた。
友達より先に「バシーン」と札を払えたときの何とも言えない快感。それをまた味わいたくて、マイコもアユミと同じかるた教室の門を
とは言っても、2人の物語が交錯するのはもう少し先の話。
マイコが入ったのは、初心者クラス。すでに上級者クラスにいたアユミは雲の上のような存在で、同学年とは言え、校区も違うし、教室で一緒になることもなかったのだ。それに中学に入ると、それぞれ学校の部活が忙しくなり、教室に顔を出す機会も減った。
近くて遠い場所にいた2人が初めて言葉を交わしたのは、2年前の春。富士高校に入学してからのことだ。
いま振り返ると、その出会いは運命に導かれたものだったのかも、とアユミとマイコは思う。
〽瀬をはやみ 岩にせかるる滝川の われても末に 逢はむとぞ思ふ
百人一首から言葉を借りるなら、それは、岩で二つに分かれた川の流れが再びまた一つに戻るような必然とでも言おうか。(高校生の登場人物はすべて仮名です)
競技かるたとは
百人一首が書かれた100枚のかるたのうち、2人でそれぞれ25枚ずつ札を取って自陣に並べる。読み上げられた札のうち、自陣の札を取れば自陣から1枚減り、敵陣の札を取れば、自陣の札を1枚敵陣に送ることができる。先に自陣の札をなくした方が勝ち。近年は、漫画「ちはやふる」の影響もあり、競技人口は急増している。