響け なまはげ太鼓(1)
完了しました
男鹿海洋高校 郷土芸能部
心揺さぶる大音量。「俺、この高校行く」

「なんだこれ?」
秋田県立男鹿海洋高校郷土芸能部の副部長・ユウキがなまはげに出会ったのは、中学3年の夏。秋田市のショッピングセンターに友だちと行ったときのことだった。
なまはげのことはテレビや新聞で見て知っている。恐ろしげな仮面をつけ、
ただ、なまはげは男鹿地域の伝統行事で、同じ県でも、ユウキのように秋田市で暮らしている限り、じかに見ることはない。
ユウキが初めて見たなまはげはステージ上で、動き回りながら太鼓を打ち鳴らし、うなり声を低く響かせていた。
「なんだこれ?」と思ったのはほんの一瞬。ダイナミックな動きと太鼓の大音量に心を揺さぶられ、すぐ「めっちゃかっこいいじゃん…」に変わった。
中の人は高校生

最も驚いたのは、演者が自己紹介した時だった。
「こんにちは。男鹿海洋高校郷土芸能部です!」
なに!? なまはげの中の人は高校生だったのか! あのド迫力の演奏は、大して年齢の変わらない高校生がやっていた…。
「これだ!」
ユウキは、隣で「なまはげ怖いんだけど…」とつぶやいていた友だちに宣言した。
「俺の高校生活、決まった。俺、この高校行くから」
ユウキがなまはげに初めて出会ったのは、進路に悩んでいる頃だった。
実業系の高校に行こうとは思っていたが、どこも決め手に欠き、絞りきれずにいた。中学と同じように、高校でも水泳部で頑張ろうという気もなかった。だから、「これなら熱くなれる」というものを探していたのかもしれない。
そんな時になまはげの
合格、即自主トレ
家に帰るとすぐにスマートフォンで、男鹿海洋高校と郷土芸能部について調べてみた。
・ステージで披露されていたのは「なまはげ太鼓」と呼ばれていること
・なまはげ太鼓は40年ほど前、なまはげの動きと和太鼓を組み合わせて始まったこと
・郷土芸能部は1989年に「なまはげ太鼓同好会」としてスタートしたこと
・各地に出張して演奏しており、ももクロのライブにも出演したこと
活動内容を知り、演奏動画を繰り返し見るうちに、決意は揺るぎないものになった。
学校があるのは、男鹿半島の付け根あたり。秋田市の自宅から通うには列車で1時間ほどかかるが、そんなことは気にならなかった。
水産系の高校であることも、もとから実業系を希望していたので、問題ではなかった。
両親に動画を見せて「この高校でなまはげ太鼓がやりたいんだ」と伝えると、すんなり理解してもらった。
ユウキは推薦入試で無事に合格。進路が決まった1月からは「なまはげ太鼓はハードなはず。今のうちに体力をつけておかないと」と週2、3日、10kmほど走って鍛えながら、入学の日を指折り数えた。
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