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佐久山宿 町おこしに期待

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小説から関心持って

築100年以上という岡田屋(大田原市佐久山で)
築100年以上という岡田屋(大田原市佐久山で)

 「鉄道員(ぽっぽや)」などで知られる作家・浅田次郎さんの本紙朝刊連載小説「流人道中記」で、10月2日付から奥州街道(奥州道中)の「佐久山宿」(大田原市)が登場している。1860年(万延元年)、蝦夷地(北海道)への流罪が決まった旗本と、押送役の若い与力が旅の途中に佐久山宿に泊まったという設定だ。地元関係者は、埋もれかけた宿場の歴史に光が当たるきっかけになればと期待している。

 佐久山宿は県内最大の宇都宮宿から4番目の宿場で、江戸時代には「明けの七つを宇都宮 夜はほのぼの白沢の 早や氏家に喜連川 花の佐久山後に見て」と歌われた。佐久山宿の歴史に詳しい元大田原市立佐久山小学校校長の高橋秀夫さん(83)によると、1843年(天保14年)には本陣1軒、脇本陣1軒、旅籠(はたご)屋27軒があったとの記録があるという。1886年に現在の西那須野駅まで東北線が開通すると、宿場町は衰退。現在、宿屋は1軒も残っていない。

 「どうして浅田さんは佐久山を小説の舞台に選んだのでしょう」と佐久山地区公民館の社会教育指導員として地元の歴史の伝承に関わる菊地孝行さん(64)は驚く。菊地さんは今年春、消防団員の若手を中心に、知名度の低い佐久山宿の歴史を見直す集まりを組織した。

佐久山宿に残る古い看板を示す菊地さん(大田原市佐久山の八木沢家前で)
佐久山宿に残る古い看板を示す菊地さん(大田原市佐久山の八木沢家前で)

 ウォーキングブームで、奥州街道を歩いて旅する人も増えている。菊地さんは「佐久山を訪れても、宿場の歴史を学べる休憩場所がない。浅田さんの小説に取り上げられたことで、町おこしの機運につながれば」と期待を込めた。

 宿内で昔の面影を残すのは、戦前まで薬を製造していたという八木沢家の門に掲げられた「家伝運用膏」の看板。戊辰戦争の際には薩摩藩兵が刀傷の薬として使ったという。

 その先に江戸時代後期に創業の酒店「岡田屋」がある。店内には昔使われていたランプや徳利(とっくり)、酒樽(さかだる)なども残っている。店主の向井秀一さん(69)は「歴史ある町ですが、高齢化が進み、商店も少ない。小説を機に多くの人が佐久山に関心を持ってもらえれば」と話していた。

与力の目線 楽しみ 民俗資料館・木村館長

 浅田作品のファンも連載に注目している。

 奥州街道の歴史民俗を研究している大田原市歴史民俗資料館の木村康夫館長(67)=写真=は「浅田先生の作品では中山道の参勤交代に題材を取った『一路』を興味深く読みました。『流人道中記』は若い与力の目線で道中が描かれており、毎朝が楽しみです。小説を機会に多くの県民が江戸時代の街道の歴史に関心を持ってほしい」と話していた。

〈奥州街道〉  江戸から津軽半島の三厩(青森県外ヶ浜町)を経て海路、松前(北海道松前町)に達する。宇都宮までは将軍が東照宮に参拝する日光街道(日光道中)と重なる。幕府が整備したのは日本橋から白河(福島県白河市)まで。白河以北は諸藩が整備したが、一般には奥州街道の延長と見なされる。

(2018年10月3日朝刊掲載)

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50763 0 トピックス 2018/11/24 05:00:00 2018/11/24 05:00:00 https://www.yomiuri.co.jp/media/2019/01/20181119-OYT8I50025-T.jpg?type=thumbnail

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