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大河原宿 全国に発信

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 「鉄道員(ぽっぽや)」などで知られる作家・浅田次郎さんの本紙朝刊連載小説「流人道中記」で、1月15日付から奥州街道の「大河原宿」(宮城県大河原町)が登場している。小説の舞台となった当時の面影はあまり残っていないが、地元関係者らは「多くの人が大河原の歴史に興味を持つきっかけになれば」と期待している。

 物語の舞台は幕末の1860年。蝦夷(えぞ)地への流罪が決まった旗本・青山玄蕃(げんば)と、押送役の若い与力・石川乙次郎(おとじろう)が奥州街道を北上する旅の様子を描く。2人は現在の埼玉、栃木、福島の3県を通って大河原宿に到着。そこで、父の敵討ちのため正体不明の侍を7年間捜し続ける神林内蔵助(くらのすけ)と出会い、物語が展開していく。

旧街道沿いに明治期に建てられた佐藤家住宅の蔵
旧街道沿いに明治期に建てられた佐藤家住宅の蔵

 大河原宿は仙台から南に約30キロ。伊達家の重臣・片倉氏の居城である白石城への道中にあるため、御仮屋(仙台藩主の宿泊所)や南部藩の本陣が設けられるなど大きな宿場町として発展したと言われる。戊辰(ぼしん)戦争のときには藩主・伊達慶邦が家来を連れて宿泊した記録も町内に残されている。1月25日付の小説に出てきた「白石川の堤」は現在、桜の名所「一目千本桜」として全国から観光客が訪れる。

 一方で同町は戦後、県南地域の交通・行政の中心地として発展し、国道4号沿いには県外資本の郊外型店舗が次々と出店した。それに伴って、旧街道は次第ににぎわいを失った。宅地開発が盛んに行われたこともあり、宿場町としての風景はほとんど見られない。

小説「起爆剤に」 地元喜び

流人道中記の紙面を毎日ノートにスクラップしている森さん。大河原が登場した回には付箋を貼った(大河原町の佐藤家住宅で)
流人道中記の紙面を毎日ノートにスクラップしている森さん。大河原が登場した回には付箋を貼った(大河原町の佐藤家住宅で)

 町内の関係者からは、大河原が舞台となったことへの驚きと喜びの声があがっている。地元の歴史に詳しい同町文化財保護委員の及川義行さん(77)は「小説に大河原の名前が出てきてうれしい」と喜ぶ。昨年10月に、明治期に街道沿いに建てられた国登録有形文化財「佐藤家住宅」で戊辰戦争に関する企画展を開くと、県内外から3日間で約500人が訪れたという。「これをきっかけに、町内外の人がさらに興味を持ってくれれば」と話した。

 町内に住む歴史小説ファンの森貢喜さん(67)は7月の連載開始から毎日小説を切り抜き、ノートにスクラップしている。「奥州街道が舞台だから通過するかもしれないとは思っていたが、急に大河原が出てきてびっくりした」と語る。地元の地名や仙台藩が紹介されているのがうれしいといい、「浅田さんの考える物語がどう変わっていくのか注目したい」と今後の展開に期待した。

 同町商工観光課の平野隆係長(53)は「大河原は村田町や柴田町など周辺自治体と比べて歴史の印象が弱い。浅田先生に取り上げてもらったことを起爆剤に、全国にアピールしたい」と話した。

浅田次郎さんから宮城県版読者へのメッセージ

浅田次郎さん
浅田次郎さん

 「2月1日と2日、(夏が舞台の「流人道中記」からすれば)季節はずれの仙台での取材を終えました。若い頃から大好きな街で、これから乙次郎と玄蕃も仙台城下に入ります。物語は今、ようやく道半ば。この先も二人と一緒にてくてく歩き、取材を続けます」

奥州街道

 江戸から津軽半島の三厩(みんまや)(青森県外ヶ浜町)を経て、海路で松前(北海道松前町)に達する。幕府が整備したのは日本橋から白河(福島県白河市)までで、白河以北は諸藩が整備したが、一般には奥州街道の延長と見なされる。

 (2019年2月7日付の宮城版に掲載)

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445149 1 トピックス 2019/02/15 11:00:00 2019/02/15 11:00:00 https://www.yomiuri.co.jp/media/2019/02/20190214-OYT8I50050-T.jpg?type=thumbnail

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