米国統治下の沖縄にはためく「日の丸」…返還8年前をカラー化

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 読売新聞の企画「Color the News」では、モノクロ(白黒)でしか見ることができなかった昔のニュース写真を、AIの力を借りてカラー化している。今回カラー化したのは1964年(昭和39年)、東京オリンピックの聖火を迎える沖縄の光景だ。

1960年代「柏鵬時代」の幕開けをカラーで再現

 当時、沖縄はまだ米国の統治下だった。日本に復帰したのは今からちょうど50年前、1972年(昭和47年)のことである。それまで沖縄では日の丸をおおっぴらに掲げることは難しかったという。しかし64年9月の初め、「国内の聖火リレーの出発地」として沖縄全島が日の丸で埋まり、米国もそれを許した。

百貨店に「歓迎聖火」の垂れ幕

 1枚目の写真は、那覇市の中心部だ。「歓迎聖火」の垂れ幕がかかっているビルには「大越百貨店」の看板がある。手前の横断幕は裏側から見た格好だが、下に「平和通商店街」とあり、ここは「平和通り」と「国際通り」が交わる付近だろう。大越百貨店の場所はその後「沖縄三越」となり、現在はグルメ店が集まるビルになっているという。

黒い制帽に学生ズボンの「日本の中学生」

 2枚目は、ギリシャから聖火を空輸してきた特別機を迎えるために、那覇空港に向かう中学生たちだ。黒い制帽に学生ズボン、白いワイシャツとズック。これぞ典型的な昭和の中学生である。米国の統治下、子どもたちの服装もアメリカナイズされたかと言えばそうではなかった。まさに「日本の中学生」といういでたちが、何だかうれしい。

 今回のカラー化には、参考にできるカラー写真があった。当時、聖火リレーの取材のために複数の写真記者が沖縄入りし、新聞に掲載するモノクロ写真のほかに、写真集出版用のカラー写真も撮っていたのだ。数枚ながら、その画像データが残されており、服装や看板などの色合いはそれで分かった。

 聖火リレーの時から沖縄が日本に復帰するまで、さらに8年を要した。その間にカラーフィルムが家庭レベルで普及し、1972年の沖縄返還時の光景は、多くのカラー写真が残されている。沖縄の本土復帰への歩みとともに、写真もモノクロからカラーの時代に入った。

※本企画のカラー化にあたり、早稲田大学理工学術院・石川博教授の研究室が開発した自動色付けシステムを、許諾を得て使用しています。

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