ラグビーの聖地・花園、W杯仕様に~ようやく大型画面とナイター照明

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 全国高校ラグビー大会が行われる日本ラグビーの「聖地」に、リプレー映像を再生できる大型ビジョンとナイター照明の設備が、ようやく整った。近鉄花園ラグビー場改め、東大阪市花園ラグビー場。ラグビーの2019年ワールドカップ(W杯)日本大会の試合会場の一つとなったことを機に大規模改修が実施され、聖地の名に恥じないスタジアムへと生まれ変わった。W杯を盛り上げるだけにとどまらず、大会後も長くラグビー振興の拠点として役立ちそうだ。(メディア局編集部・込山駿)

大規模改修を終えた東大阪市花園ラグビー場の外観(2018年9月20日、込山駿撮影)
大規模改修を終えた東大阪市花園ラグビー場の外観(2018年9月20日、込山駿撮影)

「歴史の重みと、未来が見える競技場」

 W杯開幕をちょうど1年後に控えた9月20日、東大阪市花園ラグビー場の報道陣向け内覧会。野田義和市長は、ラグビー日本代表の赤白横じまジャージー姿で臨んだ。真新しいスタジアムを、雨の観客席から見渡し、晴れやかな笑顔で語った。

 「歴史の重みに加えて、未来が見える。ラグビーとまちづくりを融合させて、聖地・花園の新たなレガシー(遺産)をつくりあげていきたい」

72億6000万円の大規模改修

新生・花園の観客席で報道陣の質問に答える東大阪市の野田義和市長
新生・花園の観客席で報道陣の質問に答える東大阪市の野田義和市長

 今回の大規模改修は、総事業費72億6000万円、工期は18年9月までの約2年8か月間に及んだ。ファンにとって最も大きな変化は、大型ビジョンとナイター照明の新設だろう。

 ビジョンはLED(発光ダイオード)を駆使したパナソニック製の最新型で、サイズは似た規模のスタジアムと同じ710インチ。南側ゴール裏スタンドに設置され、日中は逆光の時間帯が長いが、それでも鮮明に見えるという。メンバーの名やスコアなどの文字情報が並ぶ電光掲示板だけを稼働させるよりも、試合運営のコストはかかるが、野田市長は「全国高校大会を含め、ラグビーの試合ではフル活用する」と約束した。

 ラグビー界は現在、W杯などトップクラスの試合にはTMO(テレビジョン・マッチ・オフィシャル)という映像判定システムを導入している。大型ビジョンはTMOとも直結。微妙な判定が下されたプレーの再生映像を、観衆は審判員と同じように見られ、目の前で起こったプレーをより詳しく把握できる。

 ナイター照明もLED式で、スタンドの四隅に立つ照明柱とメインスタンドの屋根の縁に計381基のライトがついた。ピッチの明るさは2000ルクスと、W杯会場の規格を満たす。

 来年のW杯で、花園での4試合は全て日中の開催だが、開始が14時45分と遅めの試合もあり、天気によっては終盤に照明が必要になるかもしれない。ラグビー界には、全国高校大会のような真冬の試合はともかく、秋口の国際試合やトップリーグ公式戦などナイター開催が望ましいカードも多い。今まで以上に積極的な試合の招致と開催が可能になりそうな花園。野田市長は「コンサートなど、ラグビー以外のイベントにもナイター照明を活用したい」との方針を示した。

不況と不人気、費用対効果の壁

ピッチ脇から見た南側スタンドの大型映像装置と夜間照明
ピッチ脇から見た南側スタンドの大型映像装置と夜間照明

 それにしても――。大型ビジョンやナイター照明は、野球やサッカーといった他のトップスポーツの代表的なスタジアムには、何十年も前から当たり前のようについている。ラグビーの聖地には、なぜ今までなかったのか。

 1929年にオープンした花園は、日本最古のラグビー専用競技場だ。2015年までは近畿日本鉄道が所有し、管理・運営を担ってきた。近鉄広報部によると、近年に実施したスタジアムの手入れは、2011年にスタンドの雨漏りを修理し、12年に飲食店の整備とトイレの洋式化を手掛け、13年はピッチに散水設備をつけた。ただ、大規模改修となると、観客席の収容人員を2倍以上に増やすなどした1992年が近鉄による最後の実施だ。

 近鉄の公式ホームページには、大型ビジョンやナイター照明を花園に整備してほしいとのラグビーファンらの要望が、たびたび寄せられていたという。しかし、近鉄広報部は「費用対効果の問題。大規模改修に乗り出せる状況ではなかった」と語る。

 “冬の時代”だったということだろう。1990年代前半のバブル崩壊以降、日本経済は20年以上の不況にあえぎ、スポーツ事業から撤退する企業が相次いだ。93年のJリーグ開設から盛り上がったサッカーと入れ替わるように、ラグビー人気も低下した。近鉄は、プロ野球の球団経営からは2004年シーズン限りで手を引いている。そんな事情も考慮すれば、大型映像装置とナイター照明がなかったことを不思議がるより、不況下でも近鉄が花園からは離れなかったことに、むしろ敬意を払うべきかもしれない。

ミュージアム、座席、ロッカールームも充実

世界と日本のラグビー史を学べる「HANAZONO RUGBY MUSEUM」
世界と日本のラグビー史を学べる「HANAZONO RUGBY MUSEUM」
設備が充実し、足を滑らせにくい素材が床面に張られたロッカールーム
設備が充実し、足を滑らせにくい素材が床面に張られたロッカールーム
個別シートになったメインスタンド。後方のガラス張りの部屋はVIP観戦用
個別シートになったメインスタンド。後方のガラス張りの部屋はVIP観戦用

 今回の大規模改修は、W杯開催の副産物に他ならない。競技の国際統括機関「ワールドラグビー」は、W杯の試合会場に装備の規格を定めている。それに照らすと、花園には大型ビジョン、ナイター照明、ドーピング検査に使える部屋など、足りない点がいくつもあった。これらをクリアするために、所有者を近鉄から東大阪市に変更し、大規模改修を実現させた。事業費は、市費(41億円)、国交省の交付金(17億4000万円)、日本スポーツ振興センターからの助成金(11億8000万円)、市民からの寄付(2億4000万円)で、まかなった。

 こうして生まれ変わった聖地・花園。日本ラグビーの歩みを伝える映像や名門チームのジャージーといった史料を展示したミュージアム、出場チームの使うロッカー、シャワールームなどの設備も大幅に拡充された。観客席のシートは、ベンチ型から背もたれつきの個別席になり、メインスタンド最上部にはガラス張りのVIPラウンジを新設。競技面ではゴールポストの高さが、従来の13メートルからW杯基準の17メートルに改められた。

 現役時代に日本代表のエースとして活躍した関西ラグビー協会の坂田好弘会長は、こう力説する。「国内では数少ないラグビー専用の競技場に、世界基準の装備が整い、日本ラグビーの宝物が増えた。良いスタジアムには、選手たちの意欲をかき立て、その競技を発展させる効果がある。我々としては、W杯後も良い試合をたくさん花園に誘致し、関西のラグビーファンに提供していきたい」。ここを拠点に、W杯で燃え尽きないラグビー人気を根付かせたいと考えている。

 東大阪市花園ラグビー場の一般向け内覧会は10月14日、イベント「ラグビーのまち東大阪の夕べ」の一環として行われる。こけら落としの一戦は、10月26日の「日本代表-世界選抜」。19時頃キックオフのナイターだ。

【ワールドカップ 花園での試合日程】

・9月22日(日)14:15 イタリア対ナミビア
・9月28日(土)13:45 アルゼンチン対トンガ
・10月3日(木)14:15 ジョージア対フィジー
・10月13日(日)14:45 アメリカ対トンガ

【施設概要】

 所在地は大阪府東大阪市松原南1-1-1、近鉄奈良線「東花園」駅から徒歩10分。ピッチは総天然芝で、観客席は2万6544人収容(W杯時は、四隅の立ち見席にもシートをつけるため、2万4000人収容となる)。スタジアム外壁の斜線チェック模様は、スクラムの図案化イメージという。第2、第3グラウンドもある。

名曲の原点、元知事の青春、伝説の代表戦…名勝負特選5マッチ

 高校から社会人、日本代表戦まで、近鉄花園ラグビー場では無数の名勝負が繰り広げられてきた。歴史の一端を紹介する。(敬称略)

1984年1月7日 全国高校大会決勝
天理18-16大分舞鶴

後半22分、天理の後藤(15)がトライ
後半22分、天理の後藤(15)がトライ
30年後の再戦で大分舞鶴OBの福浦(右から2人目)がゴールキック
30年後の再戦で大分舞鶴OBの福浦(右から2人目)がゴールキック

 松任谷由実の名曲「ノーサイド」にヒントを与えたとされる熱戦。天理リードの終了間際、大分舞鶴がトライを決めて2点差まで追い上げた。続く左寄りからのゴールキックを大分舞鶴が決めれば同点となり、両校優勝――。しかし、キッカーの福浦孝二主将は蹴る瞬間、前日の雨でぬれていた地面に足を滑らせてしまう。ボールは左へと外れ、次の瞬間にノーサイドの笛が響き渡った。福浦は、決勝当日が鹿児島県の大学の受験と重なっていた。大学側の特別措置で早朝に試験を受け、飛行機で花園へ戻ってプレーし、最後の最後にチームの命運を左右するキックを蹴った。そんなエピソードも、試合の劇的な彩りを増した。30年後の2014年、40歳代後半になった両チームのメンバーが花園に結集した“再戦”も実現している。

1988年1月1日 全国高校大会3回戦
伏見工16-12北野

後半28分、突進する伏見工の鵜川に、北野の松林(15)が猛タックル。後方のピッチ脇にも大勢の観客が座っている
後半28分、突進する伏見工の鵜川に、北野の松林(15)が猛タックル。後方のピッチ脇にも大勢の観客が座っている

 大阪きっての進学校で46年ぶり出場の北野が、テレビドラマ「スクール・ウォーズ」のモデル校として人気チームになった京都の伏見工に挑んだ。当時の収容人員の2倍近い2万人以上の観衆を集めたとされ、ピッチ上のタッチライン際や通路の屋根の上まで人があふれた。試合展開は一進一退。12-12で迎えた終了間際、伏見工がペナルティーキックを得る。この好機に、超高校級の司令塔と呼ばれたキッカーの薬師寺大輔は、軽く蹴って自ら捕球し、全力疾走。ゴールキックだと思い込んだ相手選手全員が背を向けてボールを離れた隙を突いて勝ち越しトライをもぎ取り、元日の京阪対決を制した。北野では、元大阪府知事の橋下徹が主力選手の一人として出場していた。

2011年1月8日 全国高校大会決勝
東福岡31-31桐蔭学園

桐蔭学園の谷島(左)と東福岡の布巻が、2人で優勝旗を持った
桐蔭学園の谷島(左)と東福岡の布巻が、2人で優勝旗を持った

 2015年の前回W杯で強豪・南アフリカなどから3勝を挙げる躍進を演じ、国内のラグビー熱を取り戻した日本。その代表チームで躍動した選手たちが高校時代、花園の決勝で火花を散らした。松島幸太朗が桐蔭学園、藤田慶和が東福岡で、ともにチームの得点源。試合は、桐蔭学園が走力を生かして後半1分までに5トライを挙げ、最大21点のリードを奪った。ここから、馬力に勝る前回王者の東福岡が猛追。終了間際にトライを奪い、正面からのゴールキックを藤田が決めて追いついた。松島と藤田は決勝でも1トライずつを記録し、両校優勝に貢献している。W杯日本大会など、今後の日本代表でも活躍を期待したい2人だ。

1971年9月24日 国際テストマッチ
日本19-27イングランド

日本とイングランドの熱闘。後方には、フェンスによじ登って見つめる観客の姿も
日本とイングランドの熱闘。後方には、フェンスによじ登って見つめる観客の姿も

 ラグビー界で、まだW杯が行われていなかった時代。競技発祥の国の代表チーム初来日はファンの注目を独占し、花園でも日本代表との試合が開催された。名将・大西鐵之祐監督率いる日本は、水谷真と村田義弘がトライを決めるなど残り5分まで19-19と、世界的な強豪相手に驚異の健闘。終盤に2トライを許して力尽きたが、1万2000人の観衆を熱狂させた。後に伏見工高の名監督となる山口良治がペナルティーゴール2本を決め、現・関西ラグビー協会長の坂田好弘もピッチを駆けた。この時の日本は、東京・秩父宮ラグビー場での次戦も3-6と、イングランドを苦しめる名勝負を演じた。

2001年1月14日 全国社会人大会準決勝
神戸製鋼41-38サントリー

 日本選手権7連覇を支えたスーパースター・平尾誠二の引退後も、神戸製鋼の勝負強さはチームに受け継がれている。それを象徴する劇的な一戦だ。31-7と大量リードで前半を終えた神戸製鋼だったが、後半はサントリーの猛反撃に失点を重ね、終了間際にトライを許して試合をひっくり返された。ところが、ロスタイムにアンドリュー・ミラーがサントリー防御の裏にキックを転がし、これを拾った平尾剛史が再逆転のトライを決めた。神戸製鋼は続く決勝でトヨタ自動車を破って連覇を達成。その後の日本選手権では決勝で再びサントリーと対戦し、引き分けで日本一を分け合った。

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42323 0 トピックス 2018/09/26 12:10:00 2018/09/26 12:10:00 https://www.yomiuri.co.jp/media/2019/01/20180925-OYT8I50066-T.jpg?type=thumbnail

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