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    「eスポーツ」金メダリストが引退へ~選手のいまとセカンドキャリア

     アジア大会「eスポーツ」部門に日本代表として出場し、金メダルを獲得した杉村直紀選手(プレーヤーネーム:SOFIA)が、来年4月の就職を機に、プロゲーマーを「引退」することを表明した。サッカーゲーム「ウイニングイレブン」の強豪として世界を舞台に戦う杉村選手は、来春からコナミデジタルエンタテインメントでゲームの開発などに携わる。「eスポーツプレーヤーとして経験したことを生かしたい」と描くキャリアや、eスポーツ選手として直面する現状について聞いた。

    プロか就職か、迷った果てに

    • 「『これが最後の大会になるかも』と思って戦っていた」と語る杉村選手
      「『これが最後の大会になるかも』と思って戦っていた」と語る杉村選手

     今年1月のPESリーグ(コナミ主催のウイイレ世界大会)アジアラウンド。強豪選手が集う大会に、杉村選手は「これが最後の大会になるかもしれない」という思いを抱いて競技に臨んでいた。

     当時は大学3年生で、就職活動中の身。「大学の同級生が就活を頑張っているのに、自分はゲーム大会に出ていいのかな、と思っていた」と胸の内を明かした。同大会ではベスト4に入賞したが、同年3月の南米大会は苦慮の末、参加を辞退していた。「社会人になったらゲームができる時間が限られる。そういう状態で、日本国内でトップに立てるのか、世界の強豪と戦えるのか、ということが心配だった」と振り返る。

     ゲーム業界を目指すようになったのは、やはりeスポーツがきっかけだ。コナミ主催の大会で社員と接するうちに、「こういう人と仕事をしたい」と思うようになり、ゲーム業界の関連会社を中心にエントリー。コナミへの就職が決定し、「プレーヤーの理想のウイイレと、製作側の理想のウイイレ。二つの間にある小さな違いをつなぐ、橋渡し役になりたい」と意気込んでいる。

     一方、業界によっては、就活中の面接でeスポーツについて話すと、あまりいい反応をされなかったこともあったという。「『ゲームばかりで、ちゃんと仕事をするのか?』と思われたのかもしれません。日本が持つゲームに対する考え方は、こういうものだと実感した」とも振り返った。

     プロゲーマーへの道は選ばなかった。ウイイレは毎年新しいバージョンが発売されるため、前シリーズで勝てたプレーヤーが、最新のシリーズでも勝てるとは限らない。「ウイイレ2018では勝てたが、(最新作の)ウイイレ2019で強いという保証がない」ことや、収入の安定や勝負の世界の厳しさなど、色々なことを考えた結果、社会人としてのキャリアを選ぶことを決めた。一方で、「プロとして何百時間もゲームをして、成長しながら生計を立てていく、という道もありだとは思ったし、スカウトが来るなどすれば、考えたかもしれない」と、複雑な胸の内を明かした。

    「ゲーム大会」以外に生まれ始めた居場所

    • 8月にインドネシア・ジャカルタ市内で行われたウイイレファンイベント「PES Party」に登壇した杉村選手(左)と相原選手=コナミデジタルエンタテインメント提供
      8月にインドネシア・ジャカルタ市内で行われたウイイレファンイベント「PES Party」に登壇した杉村選手(左)と相原選手=コナミデジタルエンタテインメント提供

     来年の茨城国体の文化プログラムにウイイレが採用されるなど、日本でも認知されつつあるeスポーツ。杉村選手は「ゲームの大会以外でも、プロゲーマーが活躍する場が増え始めた気がする」と実感している。特に、地方のイベントでeスポーツが取り上げられ、そこにゲストとして呼ばれるようになってきている。

     9~10月に徳島県に開かれたアニメ・ゲームに関するイベント「マチ★アソビ」ではeスポーツのステージが開設され、プロゲーマーたちが登壇。サッカーゲームを東京と徳島で対戦する催しが行われ、杉村選手もゲストとして足を運んだ。9月に茨城県で開かれた国体のプレ大会には、杉村選手と共に金メダルを獲得した相原翼選手が解説者として登壇。選手としてではなく、解説や実況、ゲストとしての仕事が増えつつある。イベントによっては報酬もあり、「イベントで収入を得る場が増えてくれば、選手がご飯を食べていけるようになるかもしれない」と期待を寄せる。

     現在は大阪府在住だが、取材対応やイベントで頻繁に上京しており、「ゲーマーが社会に必要とされ始めているように感じる」と環境の変化を喜ぶ。「SOFIA」として活動する残り時間は、入社までの約半年。就職後の活動再開は「そんなに考えていない」とあっさり。戻ってきてほしいと声をかけられたとしても、「僕が戻る場所がないくらいに、日本が強くなっていてほしい」と願っている。

    自分の好きなことを誇って

    • 2007年「ナビスコキッズバトル」のドリブル競争に出場した小学5年生の杉村選手=本人提供
      2007年「ナビスコキッズバトル」のドリブル競争に出場した小学5年生の杉村選手=本人提供

     「ゲームに限らず、自分の好きなことに誇りを持ってほしい」と杉村選手は語る。大学で「ゲームばかりだね」と周りに言われることがあっても、「好きなものは好き」とやり抜いた結果、世界での活躍や金メダルの獲得につながったからこそ言えることだ。

     以前は「周りに流されてばかりの子供だった」という。小学生の頃は、昼はサッカーで夜はウイイレという生活だったが、進学先の中学校にサッカー部がなく、友人に流されてソフトテニス部に入部した。高校も「友達が多い」という理由で選び、「これでいいのか」と我が身を振り返ったのは、大学生になってからだった。「自分にしかできないことは何だろう、と考えたらウイイレだった。周りに流されず、自分の好きなことを続けていれば、何かにつながる」と語る。以前は人前に立つことは「絶対に嫌だった」という生活も、選手として観客を盛り上げ続けた結果、今ではエンターテイナーだ。

     第一線からは退くが、「仕事のためにもウイイレは続けたい」と話す。「どんなプロ選手にも引退の時は来る。僕はこのタイミングだった。寂しい気持ちはありますけどね」。日本のeスポーツの発展を、後輩たちに託した。

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    2018年10月17日 17時00分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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