NY在住ノーベル賞経済学者が読み解く、コロナ禍で見えた「小さな政府」の限界
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世界最強のアメリカが新型コロナウイルスの最大の被害国になっている。こうした中、トランプ米大統領は4月中旬、「峠は越えた」と述べて経済活動の順次再開へとカジを切った。その一方で、発生源の中国を非難し、世界保健機関(WHO)を中国寄りと断じて、資金拠出の停止を宣言している。
ノーベル経済学賞受賞者で米コロンビア大学教授のジョセフ・スティグリッツ氏はどう見ているのだろうか。米国の繁栄の内に潜む、貧富格差の拡大など不平等の問題にいち早く光を当て、社会正義の実現に向けた提言をしてきた「良心の経済学者」である。
全米の感染の中心地、ニューヨーク市に住むスティグリッツ氏に電話取材し、考えを語ってもらった。(編集委員 鶴原徹也)
感染被害最悪のアメリカ

ひと月以上、人との接触を避け、自宅に籠もっています。
この間、ニューヨークでコロナ禍が劇的に広がり、多くの命が失われている。健康の優れない人、貧しい人に対して特に過酷です。
米国の甚大な貧富格差は近年、知られるようになりました。健康格差として露骨に表れています。公的医療保険制度が整っていないためです。米国は健康を手にする権利を明確な基本的人権として認めていない例外的な先進国です。
トランプ大統領は今回、初期段階で新型ウイルスを巡る科学者の警告に耳を貸さず、対策を講じなかった。重大な過ちです。避けられた死は多くあったはずです。
実は、トランプ氏は大統領になり、米疾病対策センターの予算を削りました。感染症を含む疾病の危険から国民を守る、国の研究機関です。更に、オバマ前政権によって国家安全保障会議に設けられた疫病対策部局を解体した。まさに今回のような危機に備える国の体制を弱めてしまったのです。
世界一豊かな米国ですが、コロナ禍で露呈したのは、医療現場に人工呼吸器・防護服・マスク・検査薬などの必需品が欠如しているという惨めな現実でした。
政権は国内総生産(GDP)のほぼ1割に当たる2兆2000億ドルもの巨額支出を決めるなど、経済対策に乗り出しています。
ただ、不十分です。三つだけ指摘します。第一は、有給の病気休暇制度を導入しましたが、従業員500人以上の大企業も対象外としたこと。結局、労働者の約8割が除外された。大企業優遇の表れです。第二は、コロナ禍対策の最前線に立つ州政府・地方政府への支援が不足していること。第三に、学生を含む負債を抱える人々を窮地に陥らせないための措置が講じられていないことです。
トランプ氏は経済活動再開を言い出しましたが、どうでしょう。感染の恐れがある限り、人々の間に、改めて人と交わり、生産し、消費するという意欲は起きない。行政が経済活動を抑えているように見えますが、実際はコロナ禍が人々を縛っているのです。
喫緊の課題は依然、感染拡大を阻み、疫病を制御することです。 (ここから先は読者会員のみ見られます。こちらでログイン・会員登録をお願いします)