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民主化に道、転換期の韓国率いた「普通の人」…盧泰愚元大統領が死去

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 【ソウル=豊浦潤一】26日に死去した韓国の 盧泰愚ノテウ 元大統領は、民主化と冷戦終結という時代の転換期に韓国を率いた。軍幹部としてクーデターに参加した負の経歴を背負っていたため、大統領就任後は強権政治と一線を画そうと腐心した。

 盧氏が政治家として脚光を浴びたのは、大学生の拷問死を機に軍事政権打倒を求める民主化デモが全国に広がった1987年の「6月抗争」だった。

ソウル五輪の開会式で観衆に手を上げる盧泰愚氏。右は夫人(1988年9月)=AP
ソウル五輪の開会式で観衆に手を上げる盧泰愚氏。右は夫人(1988年9月)=AP
首相官邸での晩さん会で、海部首相(当時、右)と乾杯する盧泰愚氏(1990年5月)
首相官邸での晩さん会で、海部首相(当時、右)と乾杯する盧泰愚氏(1990年5月)

 与党トップだった盧氏は、自らが仕える 全斗煥チョンドゥファン 大統領に、大統領直接選挙制の受け入れを迫る「特別宣言」を発表した。全氏がこれに応じたことで、民主化への移行が決まった。翌年にソウル五輪を控えていた韓国は、土壇場で政治的混迷を回避できた。

 盧氏は陸軍士官学校時代からの全氏の盟友で、79年12月のクーデターで全氏が権力を掌握して以来、側近として政権を支えた。それだけに盧氏の電撃発表は、局面打開を狙った全氏の演出だったとの見方も長年、根強かった。

 しかし、盧氏は2011年の回顧録で、直接選挙制の導入は自ら決心し、周辺を通じて全氏を説得したのだと明かしている。「民間の水準が軍の水準を上回った。歴史が変化を要求する時期に至った」として、軍部による開発独裁の限界をその理由に挙げた。

 1987年12月の大統領選では「普通の人」をキャッチフレーズに、ソフトな文民政治家への変身を図った。

 民主化勢力が 金大中キムデジュン金泳三キムヨンサム 両候補(いずれも後の大統領)の支持で分裂したこともあり、当選を果たした。強権的な全氏と異なり、温厚な性格で知られた盧氏には、指導力不足の指摘が常につきまとった。

 回顧録では「人を押しのけて前に出るのが本能的に好きではない」と認めつつ「うぬぼれかもしれないが、今の時代が要求するのは私のような存在ではないか」との自負があったとも打ち明けている。

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2473266 0 国際 2021/10/27 05:00:00 2021/10/27 05:00:00 2021/10/27 05:00:00 盧大統領迎え、海部首相夫妻主催の晩さん会は、午後七時半すぎから首相官邸で開かれた。晩さん会で、乾杯する海部首相、韓国の盧泰愚(ノ・テウ)大統領。1990年5月25日撮影。同月26日朝刊掲載。代表撮影。 https://www.yomiuri.co.jp/media/2021/10/20211027-OYT1I50000-T.jpg?type=thumbnail

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