「私が近代化完成」自負の全斗煥氏、光州事件「謝罪せず死去」と国民批判

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日韓関係改善

 経済発展の原動力の一つとなったのが、日本の支援だ。全政権は、韓国が共産主義の南下を防ぐことで日本の繁栄に寄与しているとする「防波堤論」を唱え、日本に援助を要求。元大本営参謀で伊藤忠商事相談役の瀬島龍三氏を密使とする日本側と交渉を進めた。

来日して中曽根首相(左、当時)と並んで歩く全斗煥氏(1984年9月)
来日して中曽根首相(左、当時)と並んで歩く全斗煥氏(1984年9月)

 その結果、1983年1月に電撃訪韓した中曽根首相から40億ドルの経済協力を引き出し、教科書検定問題でぎくしゃくしていた日韓関係を一気に改善した。全氏は退任後の99年に来日し、中曽根氏や瀬島氏らと旧交を温めた逸話も残る。

最大の汚点

 しかし、民主化勢力が浸透した現在の韓国では、市民のデモを無差別射撃で鎮圧した80年5月の光州事件に関与したことが、最大の汚点として記憶される。

 軍の鎮圧を止めなかった米国に対する民主化勢力の不信感や、光州を含む韓国南西部・全羅道と全氏の出身地域である南東部・慶尚道との地域対立は、左派と保守との政治対立の一因として今も尾を引く。

 全氏は無差別射撃などへの指示を生涯、否定した。全氏の死去を伝える23日の韓国メディア報道は「謝罪しないまま死去」といった否定的な見出しが目立った。

 大統領府報道官は23日、「最後まで歴史の真実を明らかにしなかった。心のこもった謝罪がなかったのは遺憾だ。青瓦台(大統領府)として弔花と弔問の計画はない」と述べた。

 退任後の訴追に絡み、財閥から賄賂を受け取ったとして最高裁から97年、追徴金2205億ウォン(現在のレートで約214億円)を科された。だが、納付を渋りながらソウルの豪邸で暮らし、ゴルフや会食に興じる姿が晩年まで報じられ、国民の不興を買った。

 10月26日には、全氏とともに粛軍クーデターや光州事件に関与した盟友の 盧泰愚ノテウ 元大統領が死去したばかりだ。韓国社会では、民主化への道のりを改めて振り返る機運が高まっている。

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