文字サイズ
    ハーバード大ジャーナリズム研究所ニーマン・ラボの報告を読売新聞が邦訳しています。

    なぜ大富豪たちは新聞社を買収するのかーーそして、なぜそれを歓迎するべきなのか

    オースティン・スミス氏(メディアコンサルタント会社経営者)

     地方のメディア企業のほとんどが解体されてしまった米国だが、いくつかの新聞社は大富豪に買収された。ミネアポリス・スター・トリビューン、ボストン・グローブ、ロサンゼルス・タイムズ、ラスベガス・レビュー・ジャーナル、そしてワシントン・ポストなどだ。ラスベガスのシェルドン・アデルソン氏(カジノ運営会社ラスベガス・サンズ会長)を除けば、大富豪たちが新聞を買収するのは、新聞を利益が出そうな投資対象とみたというよりは、バレエや美術館などを支援するのに類した、一市民としての公共意識から生じた考えのためといえる。

    「政府追及の力」を信じるベゾス氏

    • アマゾンの創業者ジェフ・ベゾス氏はワシントン・ポストを買収した(写真はイメージです)
      アマゾンの創業者ジェフ・ベゾス氏はワシントン・ポストを買収した(写真はイメージです)

     アマゾンの創業者ジェフ・ベゾス氏は多くの産業を破壊してきたが、ワシントン・ポスト紙のことは「大切な組織だ」と話す。これは同紙を買収した後、編集局で行ったスピーチで出た言葉で、同時に同紙の魂が変わるよう望むのは愚かなことだとも語った。

     魂があろうとなかろうと、新聞は美術館とは違う。米国の新聞のほとんどは依然、利潤を追求する企業体であり、富豪たちに買われた新聞もそれは同様だ。ただ、富豪オーナーは、報道機関にとってやっかいな面はあるにせよ、市場の圧力を感じることなく前進する道を提供してくれる存在でもあり得る。

     富豪オーナーの中でも最大の金持ちはベゾス氏だ。経済誌フォーチュンは、買収を決意した後のベゾス氏の素早い行動について伝えた。「私は買収に当たっての適正評価もしなければ、ドン(ポスト紙の当時の最高経営責任者、ドン・グラハム氏)と交渉もしなかった。彼が提示した数字を受け入れただけだった」とベゾス氏は語っている。

     同紙と関連メディアの買収額2億5000万ドルは、ベゾス氏がこれまで行った個人としての買収で最大だ。それにもかかわらず、こうした発言が出たことは、ポスト紙の将来性への確信やデジタル革命の中で自らが同紙を率いていけるという自信、さらに同紙が、政府の責任を追及していく力を持ち続けることができるという信念の産物だろう。

    有力2紙の補完関係

     買収後、ベゾス氏は編集と技術部門に多大な投資を行い、コンテンツ管理システム「アーク・パブリッシング」を(つく)り上げ、今や多くの他紙がライセンス契約するようになっている。この「副次的ビジネスモデル」こそ、他のインターネットの申し子たちからベゾス氏を際立たせるものだ。きっちりと階層的に統合されたビジネスを構築し、そのどこからでも貸し出せるものを貸し出す。アマゾンも、クラウドプロバイダー「アマゾン・ウェブ・サービス(AWS)」を通じた複数の対企業サービスのほかに、中核の商品売買事業でも他の小売業者に参加を促し、アマゾンの倉庫と消費者向け製品補充サービスの利用を許可してきた。

     実はニューヨーク・タイムズとワシントン・ポストの2紙にも、相互補完的な面がある。(メディア評論家の)ケン・ドクター氏は今年2月の記事で「この2大紙の影響力と国家権力に立ち向かう意志が改めて示された」と指摘し、読者に「両方と購読契約するべきだ」と勧めていた。

     両紙には、地方よりも全国ニュースに重きを置くという共通点があり、これゆえ両紙は他の地方紙とは比べられない存在となっている。他の新聞が地方レベルで競争するのに対し、ニューヨーク・タイムズとワシントン・ポストの競争は全国規模で行われ、旺盛にニュースを求める世界中の人々の巨大市場が手に入った。

     ドクター氏は2月の記事で、ポスト紙のデジタル版購読料収入を年間推計約1億ドルとした。約100ドルを支払う読者が100万人いる計算だ。同紙の発行部数が最大になったのは平日版が1993年の83万2332部で、日曜版は115万2272部だった。今やデジタル版だけで平日版のピークを上回り、日曜版の最盛期にも近づいているか、おそらくすでに追い越したことになる。

     同様にニューヨーク・タイムズもデジタル購読者を増やし、購読契約は290万件となっている。この中にはクロスワードや料理記事のみの購読も含まれているため、ポスト紙デジタル版との単純な比較は難しいが、デジタル分野でのサービスの多様化がタイムズ紙の大きなセールスポイントだ。

    LAタイムズの挑戦

    • 富豪たちに近年買収された米の地方紙はどうなっているのだろうか(写真はイメージです)
      富豪たちに近年買収された米の地方紙はどうなっているのだろうか(写真はイメージです)

     では、富豪たちに近年買収された他の地方紙はどうなっているのだろうか。

     ロサンゼルス・タイムズ(LAタイムズ)はデジタル購読者の基盤構築に成功しつつあり、ニューヨーク・タイムズやワシントン・ポストとはまだ比べものにならないものの、契約は17年9月現在10万5000件に達した。こうした契約の伸びは、LAタイムズで恒常化していた混乱が今夏、医師で富豪実業家のパトリック・スン・シオン氏による買収でようやく収拾したとみられるまでの間に起きた。

     スン・シオン氏は、LAタイムズを傘下に置いていたメディア企業トロンクに7050万ドルを出資した16年当時、ブルームバーグ通信に対し、LAタイムズに「マシン・ビジョン」を導入したいと話していた。具体的には「例えば、読者がカメラで紙面を撮ると新聞写真がビデオに転換される。カメラをバスケットのスター選手ケビン・デュラントやドナルド・トランプ氏(現大統領)の写真に当てると、トランプ氏が話し始めたり、デュラントがダンクシュートを決めたりする」というものだ。

     大半の新聞社は、紙とデジタルをいかに橋渡しするかについて思案しているが、印刷物の価値を増しつつ、さらにネットと接続を深めるという方向では必ずしもない。

    地方紙の救世主たち

    • カジノ王も新聞を買収した(写真はイメージです)
      カジノ王も新聞を買収した(写真はイメージです)

     スン・シオン氏がより穏健なアプローチでLAタイムズを進化させていくとすれば、ボストン・グローブを買収したジョン・ヘンリー氏といくつかの類似が見られることになるのかもしれない。地方紙の中で、デジタル購読が10万件に近いボストン・グローブはLAタイムズを僅差で追う位置にいる。

     ボストン・グローブは紙の発行で苦戦している。17年夏に印刷工場を変えた時の混乱で多くの読者に新聞が届かない事態となった。18年3月時点では、同紙を週7日購読するための料金は値上がりが必至で、全米で最も高い新聞になろうとしていた。ダン・ケネディ氏(ニューヨーク大准教授)の言うように、紙の新聞はもはや大衆市場向けの商品ではなく、「お金を払っても読みたいという人向けのニッチな商品になろうとしている」のかもしれない。

     中西部ミネアポリスでは、富豪グレン・テイラー氏に買収されたスター・トリビューンが約5万件のデジタル契約を集め、シカゴ・トリビューンと肩を並べる勢いだ。テイラー氏がスター・トリビューンを買収したのは14年。同紙が倒産の危機を脱した5年後だった。

     テイラー氏による買収は当時のミネアポリス市長に称賛され、同紙の記者たちで作る組合からも歓迎された。スター・トリビューンはその後、マーケティング戦略の成功例とみなされるようになった。購読獲得の際には通常の電子商取引と同様のプロセスをたどるような仕組みとし、データ管理ツールに投資し、購読してくれそうな読者の割り出しに努めている。

    カジノ王の「秘密買収」

     一方、カジノ王シェルドン・アデルソン氏は15年、ラスベガス・レビュー・ジャーナルを秘密裏に買収。同紙の記者が報じるまで、買収の事実も知られていなかった。1億4000万ドルという買収額は、テイラー氏がスター・トリビューン買収に使った1億ドルを上回り、ヘンリー氏がボストン・グローブ紙のために支払った7000万ドルの倍に当たる。それだけにアデルソン氏の目的は、自身の政界工作に同紙を利用することにあるのではないかとの観測を生んだ。

     16年初頭にはレビュー・ジャーナル紙の記者たちの不安は、解雇や辞任という形で現実のものになっていった。新しい発行人と編集長が送り込まれ、アデルソン氏に関する記事は軒並みボツにされた。ラスベガス中心部の人口は190万人で、ミネソタ州の主要都市であるミネアポリスやセントポールの計約330万人とは比べるべくもない。それだけに、アデルソン氏の意図はますます不自然だ。結局、同氏は主要都市を代表する新聞を自身の操り人形に変えてしまったのだ。

    新聞生き残りの道

    • 私たちの社会は新聞を必要としているのか(写真はイメージです)
      私たちの社会は新聞を必要としているのか(写真はイメージです)

     大富豪たちが新聞買収を決断するのはなぜか。ここで検証した5氏には、市民としての務めという意識、金もうけしたいという気持ち、個人の目的実現のために報道機関の力を使いたいという欲の三つを大なり小なり合わせもっていた。ただ、新聞の力を使う目的という点では、政府の責任を追及することから、自身の事業に不利な報道を抑えるということまで様々だった。

     新聞を買収する富豪たちの動機を考えると、私たちの社会は新聞を必要としているのか、それとも必要なのはニュースだけなのか、という核心的問題に行き着く。市民としての誇りと資産、そしてビジネスの洞察力を、なぜ、新しいニュース配信の手段につぎ込まず、部数減と広告減に悩む、新聞というメディアを選ぶのか。

     幸い、後援者を得た新聞は、ボストン・グローブやスター・トリビューンの例に見られるように、他の大部分の新聞以上にデジタル版の読者開拓に成功している。こうした新聞は、広告収入依存と購読料依存の中間にある道の先端を行く。この道こそ、他の新聞が模範例としていくことになるのではないか。

    (8月29日配信記事から抜粋。全文は こちら

    2018年09月07日 05時20分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
    おすすめ
    PR
    今週のPICK UP
    PR
    今週のPICK UP