大富豪オーナーが描く「LAタイムズ復活」のシナリオ

メモ入力
-最大400文字まで

完了しました

 「米国で最も裕福な医師」と言われ、低迷する有力紙ロサンゼルス・タイムズ紙を昨年買収したパトリック・スン・シオン氏と、ベテラン編集長ノーム・パールスタイン氏が新しい新聞像についてインタビューで語った。その構想は大きく、合併・買収(M&A)でとりあえず短期間でも生き延びることに汲々(きゅうきゅう)としている新聞社が多い業界にあって、劇的なほどだ。

ニュース部門の増強

ロサンゼルス・タイムズの買収を決めた後、同紙本社ビル内を視察するパトリック・スン・シオン氏(左)=2018年4月13日、AP
ロサンゼルス・タイムズの買収を決めた後、同紙本社ビル内を視察するパトリック・スン・シオン氏(左)=2018年4月13日、AP

 「私の関心は編集部門に、ニュースの現場にあった。それが第一の関心事だった」――。スン・シオン氏は2時間にわたるインタビューでこう語った。

 「2番目の優先事項はビジネスモデルだ。だが、残念ながら――そして、これが傲慢に聞こえると困るが――ビジネスモデルが寄り添うのは次の世代であって、過去の世代ではない」と話すスン・シオン氏は66歳。彼は自分のアイデアに投資を行い、今年は約5000万ドルの損失を受け入れ、ロサンゼルス・タイムズを前に進めようとしている。

 スン・シオン氏が2018年6月に同紙を買収して以降、社員が突然、解雇されることはなくなった。全米最高の編集長の一人とされ、ウォール・ストリート・ジャーナル紙やタイム誌、ブルームバーグ通信で活躍したパールスタイン氏が引き継いだ段階で、約440人だったニュース部門は、1年もたたない今、535人となった。当初、76歳のパールスタイン氏の役割は暫定的で、スン・シオン氏が新聞業に慣れて若い後継者が見つかればその座を明け渡すと見る向きがあった。だが、スン・シオン氏はインタビューで、パールスタイン氏とは役員待遇編集長として新たに複数年契約を結んだと明らかにした。

 「ジャーナリスト、またメディア企業役員として文句のない実績を持つノームが移行期のロサンゼルス・タイムズを導き、成功する態勢を整えてくれている。幅広い顔ぶれの幹部たちや自身の潜在的後継者も集めてくれている。これほど(うれ)しいことはない」とスン・シオン氏は語る。

 パールスタイン氏は、ニューヨーク・タイムズからスウェル・チャン氏を引き抜き、ニュース部門と読者交流部門を任せた。ニュースサイト「スレート」からはエース編集者のジュリア・ターナー氏を招き、芸術やゲームの記事を向上させる戦略を練らせている。パールスタイン氏のスカウト戦略は、衰退するニュース部門へのてこ入れと、新しいデジタルジャーナリズムへの進出の両方を視野に入れたものだ。名だたる料理評論家2人を雇用したことも、古い「新聞」の枠にはまったやり方でない。

 ただ、1年足らずで25%近く人員を増やしたことは、拡張戦略の第一歩に過ぎない。

デジタル戦略

 まもなく大きな注目を集めそうな事業が、同紙の本社ビル5階で進行中だ。スン・シオン氏によると、ここで100人の新しいスタッフ(今後、さらに80人を追加予定)が、彼の言う「新トランスメディア(メディア横断型)」事業に取り組むことになる。ビデオ、テレビ、音声、仮想現実(VR)、ゲームと、既存のソーシャルメディアを掛け合わせるというアイデアだ。

 戦略はこうだ。報道部門を立て直しつつ、得られたニュースを新技術がもたらした配信方法や交流手段で拡大する。

 ロサンゼルス・タイムズの現在のデジタル購読者数は15万7000件だ。過去2年、同紙が混迷していた中でも、ほぼ2倍に増えた。スン・シオン氏の目標は、これを早期に100万件に増やし、今後4年以内に400万件まで拡大することだ。

 この急成長戦略を見れば、アップル社の主要パートナーとなって、先日発表されたニュース購読アプリ「アップル・ニュース・プラス」に参入した決断も理解できる。ロサンゼルス・タイムズは新しい読者に「見つけられる」ためにはどんなことでもする覚悟で、このアプリに加わると自社への直接購読申し込みを食われかねないという不安とも無縁なのだ。

 スン・シオン氏が参考にするのは、ニューヨーク・タイムズのマーク・トンプソン最高経営責任者(CEO)が最近設定した「2025年までに1000万件」というデジタル購読者拡大計画だ。すでに430万件を得たニューヨーク・タイムズが「1000万件」を口にしても、もう笑う人はいない。これはデジタルニュース産業全体とロサンゼルス・タイムズにとって、どのような土台を早急に整えるべきかを示唆していよう。

 ロサンゼルス・タイムズは、ワシントン・ポストと、「もう一つのタイムズ」とスン・シオン氏が呼ぶニューヨーク・タイムズという東海岸の2紙にどれほど後れをとっているのか。ジェフ・ベゾス氏も6年前、ポストを買収した際に同様の挑戦に直面したが、その後の成功はジャーナリズムの再生に懐疑的だった人をも驚かせた。

 ロサンゼルス・タイムズは、模範となる東海岸2紙――かつて「兄弟」と呼び、再びそう言えるようになりたい2紙――より6~10年遅れていると見られているが、新たな競争にも直面している。その一つが、人口4000万人のカリフォルニア州で攻勢を強めるニューヨーク・タイムズだ。同紙のデジタル購読者は地元ニューヨークよりカリフォルニアに多い。ロサンゼルス・タイムズが定評ある料理記事を売り込もうとするのに対し、ニューヨーク・タイムズもこのほどカリフォルニアのレストランを専門とする批評家を雇った。

なぜ後れをとったか

 ロサンゼルス・タイムズの没落は、発行人のチャンドラー一族が2000年にトリビューン社に売却した時に始まった、と地元っ子は言うだろうが、かつて全米で最も影響力のある報道機関の一つとも言われた同紙が最大の苦難をなめたのはこの10年ほどのことだ。07年にシカゴの不動産王で、“がめつい金貸し”と言われたサム・ゼル氏がトリビューンを買収したことで、ロサンゼルス・タイムズはさらにきりもみ状態で急降下していった。

 ゼル氏の5年にわたる「地獄からの破産」と呼ばれた統治の後、トリビューンは新聞と放送部門に分離し、2016年にはマイケル・フェロ氏が買収して社名をトロンクに変更した(旧社名のトリビューンに戻ったのは18年10月)。

 トロンクの株主でもあったスン・シオン氏は昨年、ロサンゼルス・タイムズ買収の決断をした際、この混乱した環境をも引き継いだ。

 壊れた機械の山も、新経営陣を待ち受けていた。トリビューン(トロンクの時期も含めて)は操業システムと技術をグループ全体で統括し、更新に必要な投資を行ってこなかった。スン・シオン氏は「社内に技術などと呼べるものは存在していなかった。直して使えるものすらない。こんな時代遅れのシステムで新聞をやっていけるのだろうかと不安を覚えたほどだ」と当時を振り返った。

5000万ドルの新たな投資

 人と技術両面での移行にはそれなりの対価が必要だった。5000万ドル。それが、オーナー1年目のスン・シオン氏が支払う額だ。

 総資産額70億ドル超と言われるスン・シオン氏だが、ほかの大富豪同様、お金を無駄に捨てることはしない。ベゾス氏と同様、彼も投資を行うが、「投資額の1ドル1ドルがどこに使われるかに細心の注意を払っている」というのが、ある事情通のスン・シオン氏評だ。ベゾス氏のワシントン・ポストと同様、ロサンゼルス・タイムズでもいいアイデアには予算が付くが、一つ一つの事業にスン・シオン氏の承認が必要だ。

 ニュース部門での評判はどうだろうか。何人かと話してみると、慎重な楽観論といったところのようだ。スン・シオン氏の体制下で初めて結ばれた労使協定では、社員はトリビューン・グループ内に残留した新聞を含む、同業他社では望めない賃上げを得た。今後3年間で少なくとも10%のアップとなる内容だ。

 「東海岸の同業者に追いつけはしないし、過去10年間、定期昇給のなかった時代の埋め合わせになるわけでもない。それでも最初の一歩としては、たいしたものだ」と組合幹部は話す。

新たなLAタイムズ像

 スン・シオン氏がロサンゼルス・タイムズを買収し、再建に乗り出した今でも、大きな戦略的な疑問は残ったままだ。新生ロサンゼルス・タイムズは全米指向を強め、首都ワシントンの支局も拡充するのか。「アジアの世紀」と言われる時代と、環太平洋に位置する地理的条件を生かし、国際性を強めるのか。あるいはカリフォルニア州を中心に、4000万の州民に目を向けるのか。その中でも、豊かな州南部の市場で優位を占めることに集中していくのか。一言でいうと、米国最大の地方紙となるのか、あるいは最小の全国紙を目指すのか。

 最高執行責任者(COO)のクリス・アルジェンティエリ氏は言う。「我々が何年間かをかけ、100万件のデジタル購読者数という目標を達成するなら、地元から始めるのが安全なやり方だろう。しかし、世界に通用するカリフォルニアの話題を目指していかなければならないのも確かだ」

 新しいオーナーになってまだ9か月だが、スン・シオン氏は100年先の構想も語っている。同紙の将来を見極める時間は十分ある。

(3月27日配信記事から抜粋。全文は こちら

プロフィル
ケン・ドクター( Ken Doctor
 米ジャーナリスト。報道機関のアナリストとしても知られ、「ニュースの経済学」などデータを駆使した歯切れのいいメディア評論には定評がある。「ニーマン・ラボ」には定期的に特別コラムを寄稿している。

無断転載禁止
521559 0 ハーバード ジャーナリズム報告 2019/04/04 10:15:00 2019/04/04 10:15:00 https://www.yomiuri.co.jp/media/2019/04/20190403-OYT8I50012-T.jpg?type=thumbnail

ピックアップ

読売新聞購読申し込み_東京2020オリンピックパラリンピックキャンペーン

アクセスランキング

 


東京オリンピックパラリンピックオフィシャル新聞パートナー

読売IDのご登録でもっと便利に

一般会員登録はこちら(無料)
ページTOP
読売新聞社の運営するサイト
ヨミダス歴史館
ヨミドクター
The Japan News
発言小町
OTEKOMACHI
ささっとー
元気ニッポン!
未来貢献プロジェクト
YOMIURI BRAND STUDIO
美術展ナビ
教育ネットワーク
活字・文化プロジェクト
よみうり報知写真館
挑むKANSAI
読売新聞社からのお知らせ