ニューヨーク・タイムズCEOに聞くデジタル戦略
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閲覧者に登録義務付け

米紙ニューヨーク・タイムズは、電子版の購読契約者でない人がほんの数本でも記事を閲覧する場合でも、メールアドレスなどの登録を義務付けることを決めた。影響は契約している人にも及ぶ。普段使っていない端末やアプリからのログインだと匿名の閲覧者扱いになってしまうからだ。
これでニューヨーク・タイムズは何を得するのか。契約者になる可能性がある人についてのより詳しい情報だけでなく、すでに契約している人がデバイスをどう使っているのかをよりよく知ることができ、個人の選好をより正確に解明できる。
新たに登録を重視するようになったのは、重要な目標達成のためだ。同紙のマーク・トンプソン社長兼最高経営責任者(CEO)が掲げる「2025年までの契約者1000万人達成」である。
ニューヨーク・タイムズはすでに目標の40%以上を果たし、多くの人を驚かせた。トンプソン氏は、1000万人の目標も5年間のうちにクリアするか、超える勢いだと話す。同氏が「1000万人」という数字を金融アナリストに提示した時点でのタイムズの契約者は160万人だった。それが今日では500万人近くだ。筆者との会見でトンプソン氏はこれらの数字について、また同社がなぜ、いかに課金制度を変え、さらに近く長年の購読者により多くのお金を課すようになるのかを語った(以下はインタビューの抜粋)。
ユーザーの好みを知る

――あなたは最近、課金制度の変更を発表した。
この大転換を決めたのは7月だった。基本的に、1本以上の記事を読みたい人は誰でも登録とログインが求められ、そうすることでもっと多くの記事が読めるようになる。
最大の効果は、登録・ログインするユーザー、特に非契約者で登録・ログインする人の数が大幅に増えたことだ。
一方、登録していない端末から入ったユーザーは、匿名の閲覧者扱いになってしまう。それは利用者側にも我々にもめんどうな問題だった。10年も契約してくれているコアな読者が「名無し」になってしまうのだから。
それでどうなったか。ずっと多くの数のユーザーについて、どのデバイスを使っているか、経時的に把握できるようになったことで、よりユーザーの役に立てるようになった。ユーザーの選好に合ったコンテンツを提示し、その人たちにメッセージを届けるにはどうすればよいかがわかり始めたのだ。
――私は現在、ニューヨーク・タイムズに月15ドル(約1630円)を支払っている。全面アクセス可能なサービスだが、これは安すぎないか。
来年の値上げを検討している。無期限契約をしている人が対象で、あなたもそうではないか。
実は、私は2011年にデジタル版を契約した。ニューヨーク・タイムズのアーサー・サルツバーガー元社主(12年に死去)から電話を受ける半年前で、私はBBCの経営者だった。私はデジタル購読者になった後でCEOになったわけだ。この時から同じ料金をずっと払い続けている。
当初は英国に住んでいて、今は米国だ。デジタル購読料は最初からドル払いで、15ドルだったと思う。今でも15ドルだ。
その後我が社では記者を何百人も増やしたが、料金は8年間、据え置きだ。一利用者として、8年たったから値上げがあるかもしれないと考えても理不尽だとは思わない。
――私の料金は来年、いくらになるのか。
まだ公表はしない。今年、相当な数の契約者をサンプル調査した感触では、我々がどのようなことを何を目的にしているか説明すれば、より高い料金を払ってもよいと考える人は実際かなりいる。(トンプソン氏は11月12日の第3四半期決算発表で、「サンプル調査の結果が良かったことと、契約者の中の各層それぞれに向けたメッセージを届ける能力に自信も深めていることから、無期限購読の契約者向けに値上げをしても新規購読の伸びへの影響は最小限にとどめられるものと確信している」と語った)
契約者数の伸びは際だっている。第3四半期は27万3000件の新規契約があった。
――課金制度の変更も後押しになっているのか。
そうだ。顧客を減らさずに値上げができるかということが問題だったが、多くのサンプル調査の結果、ユニークユーザー(一定期間内にサイトにアクセスしたユーザーの数)を減らすことなく値上げを実施できると確信できた。非公式な内輪の数字だが、9月の1か月間のユニークユーザーは1億4500万人だった。
――一般に、デジタル契約者になるのはネットを見ている人のせいぜい3%と推計される。料理や求人広告を入れず、ニュースだけでの数字だ。
3%で満足すればいいとは考えていない。2019年末までの1年間で、料理やクロスワードパズルも含んで、100万件近くか、あるいはそれ以上の新規契約が得られると見ている。第3四半期の20万9000件は前年同期比46%増で、昨年も2017年より36%増だった。伸びは加速している。
――紙の新聞を契約している人の登録状況はどうか。
公表できない。だが、紙の新聞の購読者で電子版に登録・ログインしている人の数はきわめて多い。80%以上か現段階では90%台というきわめて高い割合だ。
全米、全世界のニュースを読者に
――2025年に向けた展望を聞きたい。
デジタル収入の目標を8億ドルとしたのが2015年10月のことだ。そして16年12月に、契約者数1000万人という現行の目標を掲げた。
――8億ドルは達成したのか。当時は購読料と広告収入で半々としていたと思うが、今では購読料の比率が広告を上回っているのか。
その通りだ。購読契約が7割、広告が3割になろうとしている。この傾向は堅調だ。
――第3四半期は広告収入が7%落ち込み、デジタル広告も5・4%減だった。
収入全体を伸ばすのが鍵だ。
――過去3、4年で記者400人を増員した。
論説委員を入れれば、現在の記者数は1700人強だ。力を入れているのは3分野で、(1)編集部門=記者(2)製品・技術開発=技術者やデータ分析者(3)マーケティング部門――からなる。
――2025年に米国以外の購読者が200万人になると予測している。現在の数は50万人だが、伸び率は年16%ということでいいか。どうやって増やすのか。
そう、16%だ。25年には20%を予測している。
我々はコストを増やすことには慎重だ。世界各国のいくつか市場で、編集部門を強化してきた。その一部では記者を増やした。
前提として、我々は全世界のニュースをカバーする。現在海外支局は32あるが、購読者を増やす市場として有望とにらんだところにはすべて記者を置いている。ある国へ行って「皆さんにぜひ購読してもらいたいが、お国のニュースは報道しません」と言うわけにはいかない。
例えば我々がオーストラリアを取材するのは、米国と全世界の読者がオーストラリアで起きている興味深いニュースに関心があるからだ。我々はグローバルな中での地方紙であると言ってもいい。報道にかかるコストを細かく、そぎ落とす必要はないと考えている。
米国内の報道についても言えることだ。我々は全米各地に支局を置くが、地元メディアと張り合い、取って代わろうとは考えていない。我々が取材するのは、我々の読者がこの国の隅々で起きていることに関心があるからなのだ。
