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庄司 裕子

庄司 裕子 【略歴

理工系学生のプレゼンテーションとドキュメンテーション

庄司 裕子/中央大学理工学部教授
専門分野 知能情報学、感性工学、ヒューマンコンピュータインタラクション

1.プレゼンテーション能力の重要性

 近年、プレゼンテーションスキルが非常に重要視されている。もちろん従来からプレゼンテーションの能力が重要であったのは言うまでもないが、昔はプレゼンテーションのノウハウは自分で、あるいは研究室の先輩などに教わって身につけるものであって、プレゼンテーションを学ぶ講義などを受けた記憶は筆者にはない。現在、筆者の所属する理工学部でも多くの学科で、理工系学生向けのプレゼンテーションについて学ぶための科目を設置している。このような講義や演習が正規の科目として設置されるようになったのは、比較的最近のことであり、プレゼンテーション能力が重視される世相を反映しての取組であると言える。

 筆者も所属の経営システム工学科で2年生向けの「テクニカルプレゼンテーション」という科目を担当している(クラスごとの授業のため教員4名で1クラスずつ分担)。この科目は「プレゼンテーション」という名前が付けられているが、人前での発表という意味でのいわゆる「プレゼン」ではなく、理工系の学生が実験や調査をおこなった結果と知見をまとめてレポートを作成し、さらに発表をおこなうまでの一連のプロセスを学ぶためのものである。レポート作成すなわちドキュメンテーション(文書作成)も含め、自分の研究成果を他人に伝えるために形として表現すること全体を広義のプレゼンテーションであるととらえている。

2.プレゼン能力と文書作成力の現状

 このようなテクニカルプレゼンテーション能力育成の取組は果たして効果を上げているのだろうか? 筆者が数年間の授業を担当して、また、研究室で卒業研究に取り組む学生を見て、この問いに正直に答えるならば、半分Yes、半分Noである。パワーポイントのスライドなどを使って口頭で発表する、いわゆるプレゼン(狭義のプレゼンテーション)能力は、筆者が学生だった頃より向上していると感じる。日本の学生は大学に入るまではあまり人前での発表機会がなく、発表が下手であると言われてきた。今でもその傾向が続いているとは言え、一昔前よりはプレゼンの重要性が広く認知され、プレゼンの機会も増加している。前述のように、大学でもプレゼンを学ぶ授業科目が設置され、高校までの学校教育でも情報や総合科目の中でプレゼン資料を作成して発表する機会もあるという。プレゼンのノウハウを教授され実践の機会が増えれば、プレゼン能力が向上するのは当然である。情報化社会の恩恵によってパワーポイントなどプレゼン資料作成のツールも充実し、見栄えの良い資料を(少なくとも昔よりは格段に)容易に作ることができる。昨今の学生のプレゼンが上手に見える一因は情報化の進展にもあると言えよう。

 一方、レポートを作成するドキュメンテーション能力については、低下傾向にあると感じる。まるでプレゼン能力と反比例するかのようである。ドキュメンテーション能力が必要なくなったわけではなく、レポートや論文などの執筆機会が減ったわけでもない。むしろ、大学だけでなく高校や中学でも画一的な学力試験より小論文やレポートが重視されてきており、ドキュメンテーションの機会は増えていると考えられる。それにもかかわらず、なぜドキュメンテーション能力が低下するのだろうか? 今の若者は活字離れで本を読まなくなったからだと言う人もいる。確かに一因ではあるだろう。しかし、単に多くの文章を読めばいいという問題でもなさそうである。

3.「言いたいこと」を明確にしよう

 筆者は学生の作成したレポートや論文を数多く読むうちに、ドキュメンテーション能力の低下は主として3つのサブ問題から成ることがわかった。1つは、文書全体として「言いたいこと」すなわち主題が明確でないという問題点である。理工系の学生が作成を求められるレポートや論文は、研究や調査によって明らかになったこと、わかったことを読み手に説明するものである。そして、その知見がいかにすばらしいものであるかという意義を読み手に理解させなくてはならない。言いたいことが明確でなければ、読み手は文字面だけは理解できても全体としては「わけがわからない」という印象を持ってしまう。まず書き手が自分の言いたいことを明確に意識しなければならないのであるが、学生の書いたものを読むと、書き手自身が自分の言いたいことをわかっていないのではないかと思うことが少なくない。論文のタイトルが内容とマッチしないことも見受けられるが、これは書き手が「言いたいこと」がわかっていないことを示唆している。単に「やったこと」を書いている場合も多いが、「言いたいこと」は「やったこと」とイコールではない。「やったこと」の結果、何か貴重なことがわかって、それが「言いたいこと」のはずである。レポートや論文はエッセイや手紙ではない。思いつくままに書き連ねるのではなく、まず「言いたいこと」を明確にしてから骨格を練るように心がけたいものである。

4.論理的に組み立てよう

 2つ目は、論理的な組み立てが上手くできないという問題点である。理工系のレポートや論文では(必ずしも理工系だけに限らないかもしれないが)、全体の主題に沿って論が組み立てられなければならない。これができないと、首尾一貫せず前後でつじつまが合わない文章になってしまう。これでは、仮に「言いたいこと」が明確であっても、全体としてはやはり読み手にとっては意味不明である。もちろん、論理的な組み立てはドキュメントを書くだけでなくプレゼンをするためにも重要である。しかし、プレゼンで多用されるパワーポイントのようなスライドは、一枚一枚のスライドが独立したドキュメントとなっている。紙芝居のように次のスライドに移行すれば、直前の内容との論理的な矛盾があったとしても比較的目立たない。レポートのような文書と比べれば論理的な構成の不味さはごまかしやすいと言える。筆者は、パワポによる文書作成の普及が論理的な組み立て能力の育成を阻害する一因であると考えている。また、Webで検索した情報をもとにコピー&ペースト(コピペ)でレポートを書くことが広く行われていることが、論理的構成能力を低下させることにつながっていると考えられる。筆者らが学生の頃も、参考文献を写しながらレポートを書くということは珍しいことではなかった。しかしそれは、本を読んで内容を自分なりに咀嚼しつつ、自分のレポートの論旨に合うように再構成するというプロセスであった。コピペは、より大きな単位の文章をブロックごと写す作業である。ワープロでコピペしながらレポートを書けば、自分で全部読まなくても写すだけでレポートが(形式上は)書けてしまう。コピペ式の書き方に慣れてしまうと論理的な構成に無頓着になるのも当然であろう。以上のように、パワポとコピペはプレゼンにもドキュメント作成にも有用なツールである一方、論理的な構成力は低下させる誘因となっているのではないだろうか。情報技術の功罪と言えるかもしれない。論理的な組み立てを考える際にはコンピュータを使わずに考えるようにするのも良い練習になるのではないだろうか。

5.たくさん読み書きして文章力をつけよう

 最後は、文章力そのものが欠如しているという問題点である。この点については巷で言われるように、本を読まなくなったことも一因であろう。情報洪水の時代と言われ、膨大な情報をざっと見て処理しなければならないため、きちんとした文章を読み書きするのは面倒で敬遠されがちである。簡単なことであれば「ざっと書いた」文章でも理解してもらえるかもしれないし、重要でないことならば仮に誤解されても問題ないだろう。しかし、重要な知見を書くべきレポートや論文を「ざっと書いて」しまうことは大変もったいない行為である。小説のように上手い文章を書けと言うのではない。きちんと内容が記述され、読み手が曖昧さなく理解できれば十分である。良く書かかれた論文などをお手本にしながら書いても良い。筆者は英語の論文を読むとき、上手いと思う表現があるとメモしておき、自分が書く場合の参考にすることがある。日本語で書く場合も、ちょっとした工夫を続けていけば長い年月の後には大きく上達するだろう。

6.理解されてこそ価値が生まれる

 理工系では長い間、文系に比べればプレゼンテーションやドキュメンテーション能力が軽視される傾向にあった。理工系の人間には国語が苦手という人も多い。何より、良い物を作れば結果は一目瞭然であり、説明しなくてもわかってもらえるという意識の強い技術者も少なくなかった。しかし今は違う。受け手が価値を理解してくれなければ、どんなにすばらしい技術や製品でも価値があるとは認められない。理工系の人間にとって今後ますますプレゼンテーションとドキュメンテーションの能力が求められる。プレゼンだけでなく「書く能力」も意識して身につけて欲しい。書くのは苦手という人が多い分野だけに、得意になれば強力な武器になることは間違いないだろうから。

庄司 裕子(しょうじ・ひろこ)/中央大学理工学部教授
専門分野 知能情報学、感性工学、ヒューマンコンピュータインタラクション
福岡県生まれ。1989年東京大学工学部機械工学科卒業。1991年同大学大学院工学系研究科産業機械工学専攻修士課程修了。2002年同大学大学院工学系研究科先端学際工学専攻博士課程修了。博士(工学)。2004年より中央大学理工学部助教授、准教授を経て、2011年より教授、現在に至る。人の思考プロセスの分析とモデル化を通して、人の思考特性や感性に合った情報提示やインタラクションを実現するための研究をおこなっている。