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大田 美和

大田 美和 【略歴

未来への希望としての日韓の合同授業

大田 美和/中央大学文学部教授(英語文学文化専攻)、歌人
専門分野 19世紀イギリス小説、フェミニズム、ジェンダー論

アジア人同士、英語で学び合う

 「日本の大学生が社会人になって英語で仕事をする相手は、欧米人よりもむしろ、身近なアジア人です。このプログラムの実施によって学生たちに、在学中にアジア人同士で、英語で学び合う体験をさせてやりたいと思います」

 2011年、韓国カトリック大学(Catholic University of Korea; CUK)から合同授業の申し出があり、文学部教授会で私は教務委員としてこんなスピーチをした。そして翌年の2012年、Advanced Communicationという科目として日本と韓国の合同授業が始まった。この半期科目は、CUKの教員によるオンライン授業、夏休み中のCUK訪問、9月の来日授業から成り、使用言語は英語である。CUKのご厚意により韓国での宿泊費用は無料だ。担当教員は、1年目は若林茂則先生、2年目は堀田隆一先生、3年目は私が務めた。同時に授業に参加した大学の顔ぶれは3年間で変わったが、中央大学はすべて参加して、韓国側から大変感謝された。毎年4月に面接による選抜を行い、10名前後の学生が履修した。今年度の履修者は8名で、文学部と法学部の1年生から4年生の学生だった。締めくくりの年となった今年の成果を私の体験談という形で報告したい。

前期のオンライン授業

 2014年度前期は、毎週火曜日の夜にCUK提供のオンライン講義「韓国の消費者と市場――韓国の消費文化と消費者市場の理解」が行われた。講義で使われるパワーポイント資料は当日の朝、学生のメールに添付ファイルで送られた。担当の李昌泰(リーチャンボン)先生(専門は言語学)は、政府公認の優秀教員(Best Teaching University & Leader in Industry-University Cooperation Certified by the Government)の資格を持っている。リー先生は「文化」とは何か、最近の文化研究による定義から始めて、韓国人の同質性を好み、空気を読む文化や、歌や踊りを愛する国民性と歴史の関係などについて、親しみやすい事例を紹介しながら語り、日中韓の差異についての考察を促した。今年度の参加大学は、北海道の北星学園大学と台湾高雄の文藻外語大学(Wenzao Ursuline University of Languages)である。各大学の学生の質問や発言の様子は同時中継の映像を通して見ることができ、夏休みに会うのが楽しみになった。前期末には英語でレポートを書いて提出する課題が出された。

8月の韓国カトリック大学訪問

 8月6日に、CUKに三大学の学生と引率者が集合(引率教員は最初の数日で帰国)した。一日目のオリエンテーションでは、学生を4グループに分けて、各グループに一人ずつティーチング・アシスタント(TA)が付いた。今年度は担当の金庚子(キムキュンジャ)先生(専門は消費文化論)が直前まで1年間北星学園大学で在外研究をしていたため、TAはCUKの学生ではなく、キム先生の子息と従兄弟たちが務めた。学生たちはまず、名前を覚えるのに役に立ちそうなイラストを描いて、皆に見せて自己紹介をした。すぐに名前を覚えてもらえたのは「青島(チンタオ)ビール」を描いた青島(チンタオ)出身で北星学園大学に留学中の中国人学生だった。

韓国のマーケット見学

 二日目は、午前中の講義の後、「販売方法や消費行動を見て気づいた点について、なぜ? という問いを繰り返して、答えを見つけなさい」というキム先生の助言に送られて、ソウルの現代的なショッピングモールであるタイムズスクエアにTAと一緒に出かけた。地下鉄内では学生同士の歓談が行われた。習い始めた中国語で台湾人学生と会話した中大生もいたし、流暢な韓国語で話しかけてTAを驚かせた中大生もいた。

 世界中どこにでもありそうなショッピングモールでも、よく観察すると韓国的な特徴が見られる。食堂街では注文した料理がすぐに出て来て、「パリパリ文化」(ppalippali culture=hurry hurry culture)を実感した。学生たちは、ベンチでスマホを操る民族服姿の老紳士に感心したり、韓国で好まれる派手なネクタイ柄について店員に質問したりした。

 三日目の午前中は、青瓦台近くの通仁市場(トンジンシジャン)を訪れた。ここは政府による商店街再生地区である。プラスティックの弁当箱を持ってゆき、専用のコインで各店舗でデリカテッセンを買い、トシラッカペと呼ばれる食堂でスープとご飯を買って食べた。

 なお、プログラムの途中で帰国したので、私が学生と体験できたのは以上である。学生たちはこの後、明洞(ミョンドン)、広蔵市場(クアンジャンシジャン)、仁寺洞(インサドン)、サムソンのショールーム、一般家庭などを訪れている。そしてマーケットの観察に基づくグループ発表を行い、フェアウェル・パーティで別れを惜しんだのである。8月14日にはほとんどの学生が帰国したが、その後、今年の春休みの短期留学(ハワイ)で知り合った韓国人学生の家に泊まらせてもらった学生もいたようである。8月15日の光復節(朝鮮半島が日本の敗戦によって独立を取り戻した記念日)にそのような日韓交流があったことに胸が熱くなったが、不幸な歴史にこだわらない若い世代は確実に育っている。

築地市場見学

 9月初めにキム先生とリー先生が仕上げの授業(Wrap-up lecture)のために来日した。一日目は、学生たちが企画した日本のマーケット見学となり、最初に築地の場内市場に向かった。職人気質の応対が学生にも新鮮で、玉子焼の店や刃物の店の前で先生たちに一生懸命英語で日本文化を説明していた。「ところてん」を “sweet japchae”(甘いチャプチェ)と説明したのには笑えたが、手持ちの語彙を使って何とか伝えようとする意欲は、短期留学の経験で得たものだろう。ここから本気で努力すれば、外国語の運用能力は飛躍的に伸びるはずだ。魚市場を見てから昼食を取り、午後は「おばあちゃんの原宿」として親しまれている巣鴨に行き、最後に吉祥寺に移動して丸井吉祥寺店を見学した。

We are very proud of you.

 二日目は、中央大学多摩校舎で韓国の先生方が最後の講義を行い、控えめな学生からも巧みに質問や発言を引き出した。仕上げに今回の授業の感想と改善点を尋ねた。中大生にとっては、韓国人がスケジュール通りに動かないことや、約束の時間に遅れることが不満であり、文化的なショックであることがわかった。女子のTAがいなかったことにも注文があった。私は学生の感想を聞きながら、物怖じせず英語で思ったことをはっきり述べるところに、学生たちの大きな成長を感じた。

 キム先生は、TAが「夜も週末も日本の学生をあちこちに連れて行こうと張り切っていたのに、個人で行動したがる日本の学生に拍子抜けしたと感じた」という感想に触れて、日本の学生は独立心が強くて立派だとほめて下さった。

 その後、教員食堂で、震災復興支援のサイダーで乾杯し、松花堂弁当を食べながら歓談をした。私は窓から見える萩の花や秋夕(チュソク)の祭日と名月についての話をした。学生から長期留学の意義を知りたいという希望があり、リー先生が10年間の留学体験について話をされた。その中に英会話以上に「本を読むこと」「論理的文章を書く訓練」が大切であるというお話があって、学生たちは真剣に耳を傾けていた。さらに両先生は、若い世代の交流の必要性、日中韓というアジアの三大勢力が一丸となれば世界平和に貢献できることをお話しされた。最後に、学生全員に私たち教員から”We are very proud of you.”(君たちを誇りに思うよ)という言葉を贈った。

いつでも行ける国だけど・・・

 羽田空港から金浦空港までは飛行機で2時間しかかからない。韓国はいつでも気軽に行ける国だから、友だちと遊びに行けばいいと思う学生も多い。その一方で、最近の日韓関係の悪化と、マスコミやウェブサイトの言説、在日コリアンに対するヘイトスピーチの影響などにより、韓国に行くのをためらったり、家族から行くのを止められるようなこともある。それだからこそ、学生たちが自分の目で見てみたいと思って行動した結果は、期待以上に大きなものになった。また、外国で短期間、集中的に少人数で協同した経験は、学生同士だけではなく、教員との関係も打ち解けたものにして、帰国後も必要があれば連絡を取り合い、学びを深めていく道筋を作ってくれた。今後の学生たちの成長がとても楽しみである。

言葉や国境を越えた師との出会い

 リー先生もキム先生も、1980年代から90年代に米国に留学し博士号を取得している。米国の教室では、欧米でもアジアでもない第三勢力としての日本について議論したことが今も忘れられないという。日本が現在も世界の第三勢力かは議論の余地があるが、国外からアジア地域を客観的に見た人ならではの視点から学ぶべきことは多い。

 「学生にはモチベーションを与えて、自分から行動させる。それが買い物でもいい」というキム先生の言葉が心に残っている。中大生は真面目で、マーケット見学というと、買いたい物があっても我慢する。しかし、買ってもいいとわかると、緊張がほぐれて異文化に対して心を開き、多くのものを吸収していった。これが本当の学びというものだろう。

 韓国の先生方との出会いは、学生たちの一生の財産となったと思う。英語で苦労しながら意思疎通をしたからこそ、お二人の人柄や教える情熱が、学生の心に一層強く印象づけられたと思われるのだ。3年間の先生方のご尽力に心から御礼を申し上げたい。 最後に、先生方に記念に差し上げた短歌(英訳付き)の中から一首を紹介したい。

ともかくも来て見てごらんウェブサイトのぴかぴか光る語に騙されず
Come and look, dear students,
Before you worry about it;
Never be deceived by flickering words
About neighboring countries on the website.

今後、韓国の大学との交流や短期・長期の留学の機会がますます増えることを願っている。

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今回のソウル訪問について北冬舎HPにエッセイを掲載中。ご意見掲示板-2014 大田の短歌の英訳は、キム先生のフェイスブックに掲載されている。また10月6日発行の朝日新聞歌壇俳壇面のコラム「うたをよむ」にも朝鮮半島と平和について執筆の予定。学生たち自身の体験談は、広報誌『草のみどり』などに掲載の予定である。

大田 美和(おおた・みわ)/中央大学文学部教授(英語文学文化専攻)、歌人
専門分野 19世紀イギリス小説、フェミニズム、ジェンダー論)
1963年東京生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。東京大学大学院博士課程単位取得満期退学。駒沢女子大学専任講師、助教授を経て、2003年より現職。現在の関心は、19世紀イギリス小説をジェンダーやセクシュアリティの視点から再読し、現代社会の問題意識と接続すること。単著『アン・ブロンテ 二十一世紀の再評価』(中央大学出版部、2007)、共著『愛の技法 クィア・リーディングとは何か』(中央大学出版部、2013)など。歌集『きらい』(河出書房新社、1991)など。2010年に英詩 “Bon Appétit” で英国Bridport Prize のSupplementary Prize受賞(日本人初)。最新の著作『大田美和の本』(北冬舎、2014)。