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渡邉 純一

渡邉 純一 【略歴

情報環境と大学 ICT環境の激変に大学がどう向き合うのか

渡邉 純一/中央大学情報環境整備センター事務部担当副部長

1.教育を取り巻くICT環境の大きな波

 2014年春、佐賀県で始まった新たなICT環境を利用した教育の話が、頻繁に耳に入り始めた。それは、タブレット端末を高校生各人に買わせ、電子教科書をダウンロードさせ授業で利用するなどの取り組みを始めたことへ称賛の声へとなって動き始めた。しかし、脆弱なネット環境のためか、タブレット端末の不具合なのか、はたまた授業中に一括ダウンロードを実施するという運用上の問題からか、電子教科書をダウンロードできない等のトラブルが多発し「授業ができない」という状況に陥ってしまったのである。その結果「この失敗は、かえって教育のICT化を逆行させた」等の批判が殺到したのである。しかし現在、多少強引とも言えるこのチャレンジは粛々と続けられ、佐賀県内だけでなく、全国各地に影響を及ぼし始めている。

 そんな状況の中、2014年夏、ある教育カンファレンスに集まった数百人の大学関係者に向けて、某小学校の教員が、現在の子供たちの教育におけるICT機器の活用について発表し、その中で大学のICT環境の遅れを「このままで本当に大学は大丈夫なのですか?」という質問とも苦言ともいえる指摘をしたのである。しかし、大学関係者で埋まった会場からは、何も反論が無かったとのことであった。この教員が苦言を呈するまでもなく、大学にとって急速に進む教育機関におけるICT化の波は、今後の大学の存続まで影響を及ぼし兼ねない状況まできたと言えるのである。そこで中央大学情報環境整備センターでは、2つの専門委員会(White Gate プロジェクトとICT-FD委員会)を設置し、これからの大学教育にとって、どのようなICT環境の構築が大学再生の突破口になり得るのかを探るべく、様々な実験と検証を開始したのである。

2.大学情報化へ向けての4つのキーワード

 大学のICT環境をどう組み立てるかという課題は、今まで幾度となく議論され、その都度何らか課題解決が図られてきた。しかし、今日の技術進歩と教育界をめぐる社会的な環境の変化は、課題解決が間に合わないほど速いスピードで進み、例え一つの課題を解決できても、新たな課題が二重三重に重なり合って更に大きな課題として立ちはだかっている状況なのである。

そこで、これらの課題を大きな視点で捉えてプランニングしていくために、4つのキーワードを提案した。それが、

  • ・パソコンのないパソコン教室
  • ・本のない図書館
  • ・教室のない大学
  • ・国境のないキャンパス

である。このスローガンとも言えるキーワードは、大学の情報化を進める上での心得として用いられるようになってきた。簡単に説明すると

(1)パソコンのないパソコン教室

 この環境は、最近ではBYOD(Bring Your Own Device)という言葉と伴に、他大学においても具体的な試みとして実現し始めている。それは、大学が提供する教育関連のサービスを学生・教職員が持つ自前のスマートフォンやパーソナルコンピュータ等で賄えるようにした仕組みで、大学側は機器環境の設置をやめ、ソフトウェア的なサービスを提供するICT化の大きな方向転換なのである。

パソコンのないパソコン教室とは

ハードウェアの環境提供から、ソフトウェアのサービス提供に切り替えていく考え方の転換である。

(2)本のない図書館

 この言葉には、必ず「電子図書館」の話かという質問が続くが、既に所蔵されている書籍の電子化は、著作権処理などの問題もあり、早急に進められるものではない。ここで言う「本のない図書館」とは、今後、学生・教職員が生み出す様々なデジタルコンテンツを、どう作り、どう保存し、どう見せるか、という仕組みの構築である。そのうちの「どう作り」に当たる部分が、映像コンテンツを作り出すために設置された写真のミニスタジオである。

ミニスタジオ 2室
学生や教職員が、Web上で認証を受けた上で映像コンテンツ等を作成できる環境が用意されている。

(3)教室のない大学

 この「教室のない大学」という発想は、今注目されているアクティブラーニングや反転授業といった仕組みに通じ、知識の獲得は、教室で教員から与えてもらうだけではないという考え方から生まれている。例えば、映像コンテンツを自宅等で視聴することで、事前にある程度の知識を獲得し、その知識の定着のために授業を受ける。その授業の形は、インターネット上のテレビ会議形式やWeb会議形式でも構わないというものである。これにより、あえて教室を準備する必要がないという考え方が生まれ「教室のない大学」という表現に繋がったのである。もちろん、この考え方については賛否両論あるし、場合によっては大学そのものの在り方にまで影響を与えかねないことから、特に注意して見ていく必要がある。

衛星を利用した授業配信
アメリカでは既に、1980年代から教室を持たない大学が生まれており、その講師は、スタンフォード大学等をはじめとした30数大学に及ぶ理系の名門校の教員で、学生は国家機関や大企業に所属する職員や企業人が受講し、修了すると修士の資格が与えられていた。MOOCの走りとも言える。

(4)国境のないキャンパス

 最近、「スーパー・グローバル」という補助金に関係した言葉を頻繁に耳にする。何となく違和感がある言葉だが、何れにせよこの言葉のもとで、グローバルな活動が動き始めている。そして、このような状況の中で国家間や大学間の壁が低くなり、例えば、時差の少ない国々の教育機関が、共同で授業を展開しようという試みや、IB(国際バカロレア)を利用して、国境を超えて他国の大学に入学する、或いはインターネットを利用して海外の授業を自宅などで受講(後述するMOOCの利用)するなど、ICT技術の進歩とともに、一大学という枠には収まらないような仕組みの変化にどう対応していくかが重要な課題となってきているのである。

コンテンツの視聴
Webを利用することで、MOOC、iTunesU、manaba、OPSIGATE、YouTube 等のコンテンツ保存・管理・配信環境に蓄積されたものを全世界どこからでも視聴できるようになった。

 このように、近未来を視野に入れながら、今の環境をどう整えていくかを検討するための指針、心得が、この4つのキーワードなのである。

3.オープンエデュケーションの発展

 2001年、中央大学において、これまで日本では例を見ないオープンエデュケーションの試みとして、地域のケーブルテレビとの連携による教養テレビ番組「知の回廊」の制作・配信が開始された。これは中央大学の教員が、日頃どんなテーマで研究を行っているのかを公開することで、大学として地域や社会への貢献を少しでも果たすことができればという目的で始められたものである。それが現在では日本全国に広がり、約400万視聴世帯に番組映像が届けられるまでに発展した。

 さて、知の回廊の放送開始から数年後、MIT(マサチューセッツ工科大学)により、全授業を映像収録して、インターネット上に公開するという取り組みOCW(オープンコースウェア)が開始された。これによりMITの授業が、全世界的に無料で視聴できるようになり、特に発展途上国において、大きな広がりをみせたのである。このようなオープンエデュケーションの動きは、次のステップとしてOCWのような一方的な情報提供からもう一歩進んで、知識の定着を目指すための質疑応答やモチベーションを上げるための修了証書の発行、更には単位修得も視野に入れたMOOC(Massive Open Online Course)と呼ばれる新たな取り組みへと発展したのである。

 MOOCは、cMOOC(Wikipedia、SNSのように専門的な知識を持った人たちが共同で知のDBを構築)とxMOOC(Coursera、Udacity、edX 等のような大学の教員をはじめとした専門家がインターネット上に教育コンテンツを掲載)の二つに区分される。最近特に注目を集めているのはxMOOCで、企業が教育プラットフォーム(Coursera、Udacity 等)を提供するサービスとedXのように、複数大学(MITとハーバード大学)が共同で教育プラットフォームを提供するコンソーシアム型のサービスがある。どちらもインターネット上で大学レベルの授業を無料で受講できる仕組みで、日本でもJMOOCと呼ばれるコンソーシアム型のサービスが注目されている。中央大学も2014年11月JMOOCに参加した。

 しかしながらMOOCについては、これまでの教育手法の変化だけでなく、大学の在り方にまで及ぶ教育環境の変革に繋がる可能性も示唆されており、基本的には無料のコンテンツ公開のため、ビジネスモデルが明確に確立されていないことへの不安も多々聞こえる。更にMOOCを使えば「世界に大学は10校あれば充分」等と極端な意見が発表されるなどしたこともあり、これまでの教育手法を重視する立場の人々が、MOOCの発展に警鐘を鳴らしても決して不思議ではない。ただ、全世界的には着実に利用者が増え、数千万人に及んでいることにも注目しなければならず、今後はこの仕組みをどのような形で現在の教育機関とスムーズに連携させるかが鍵となってくるであろう。その意味では、これまでのMOOC手法に手を加えて、Next MOOCと呼ばれる仕組みの検討も始まっていることから、更なる教育環境の変化が生まれることも考慮しておかねばならない。つまり、我々教育に関わる者にとっては、最新の状況を常に目や耳を凝らして見つけ出し、その動きに注目し、速やかに何らかの対処をしていかなければ、大学という形自身が危機に瀕する時代が到来したと言えるのである。

渡邉 純一(わたなべ・じゅんいち) /中央大学情報環境整備センター事務部担当副部長
1953年東京生まれ。 1977年 中央大学理工学部土木工学科卒。  同年から 中央大学職員、現在に至る。 途中1992年にイリノイ大学客員研究員
著書として、『甦れ! 大学』(想隆社)、『これからの「教育」の話をしよう』(共著、インプレスR&D)、『つながる教育、つなげる未来』(共著、GKBパブリッシング)、『超HTML入門』(共著、オーム社)等。また2000年から教養TV番組「知の回廊」の番組制作に関わる(放送は2001年から)。2010年から電子書籍に関する実証研究を開始し、上記の一部書籍を出版。
学外活動として2010年から私立大学連盟 広報委員。2014年 教育クロスメディア研究会設立委員。その他ICTと教育に関わる学会、研究会へ参加。また、教育用の映像収録・発信環境となるGKB Commonsを無料で一般公開した。 2012年から毎年夏に、教育に関するTedカンファレンスを開催。 2011年からは、東日本大震災被災者サポートとして「空を見上げて」活動に参加中。震災による被災者、特に「子供たちに夢を!」をテーマとして活動を続けている。