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薮田 雅弘

薮田 雅弘 【略歴

エコツーリズムよ-エコたれ!

薮田 雅弘/中央大学経済学部教授・クイーンズランド大学客員教授
専門分野 公共政策、環境経済学、観光経済学

旅は道連れ世はブーム(情け)

 「旅は道連れ世はブーム(情け)」である。暇とお金があれば一番にやりたいこと-なんといっても「観光」であろう。いつの時代も「光(good things)」を「観(look)」ることは嬉しい。親しい家族や友人と過ごす一時、バックパックでの一人旅、とスタイルは違えどたまらなく楽しい。ただし、これはお金だけでも暇だけでもなかなか難しいことなので、かなり贅沢なことなのかも知れない。しかし、UNWTO(世界観光機関)によれば「観光」の伸びは他の産業に抜きん出ており、テロやインフルエンザなどの影響にもかかわらず、1995年から2020年までの平均成長率は4.1%、国際観光客数は、1995年の5億人から、2020年には15億人へと3倍増になることが予想されている。観光は、まさに長期的なブームにある。だが、経済成長には様々な光と影が伴うように、観光の成長にも様々な影の問題がある。言わねばならないことは山ほどあるが、ここでは「エコ」に話題を絞ろう。そのためには、すこし回り道をする必要がある。

かわいい国(子)には旅をさせよ

 「かわいい国(子)には旅をさせよ」ではないが、わが国にとって観光はいつも重要であった。「東海道中膝栗毛」の弥次さん喜多さんの伊勢参りは庶民の旅として有名であるが、人々の交流を通じて、観光が地域活性化の源になってきたことは今も変わらない。明治期以降、国内観光のみならず国際観光面でも進展が見られ、昭和初期には一大観光ブームが起こった。第二次大戦後すぐに、戦後の都市復興を観光温泉資源や国際的な文化資源の開発などによって推進しようとした様々な特別法が施行された。その後、観光発展の目標が国際収支改善などの経済面ならびに文化交流促進などにある点を明確にした『観光基本法』(1963年)を経て、2007年には、観光立国の実現をめざす『観光立国推進基本法』が施行され、翌年、観光庁が発足した。特に、1980年代後半以降、円高とバブル経済にのって海外への観光客が激増する一方、海外からの訪日観光客数は微増と両者のギャップは1千万人を超えるまでに拡大した。そのため、マクロ観光政策の中心は常に海外からの観光客を増やすことにあり、Visit Japanのキャンペーンも活発である。しかし、ミクロ的に言えば、観光客が訪問するのは、京都や沖縄あるいは八王子(高尾山)など、日本のどこかの地域である。当たり前のように地域が大事であり中心である(*)。地域の観光発展をマクロ誘導的な観光開発と今後どのように両立させるのか。どうやら、その鍵は「エコ」、あるいは「持続可能」な観光発展にありそうである。

リゾート(旅)の恥は掻き捨て

 「リゾート(旅)の恥は掻き捨て」では、持続可能な観光開発は不可能である。大幅な経常収支黒字を縮小させるべく、80年代後半、内需中心の経済成長のために低利子率の維持と公共投資の拡大が実行された。これはバブル経済をもたらす要因になったが、観光面では1987年の『総合保養地域整備法』(リゾート法)によって、実に国土の18%を含む規模での観光を軸とした壮大な土地再開発が企図された。しかし、制度的な問題やバブルの崩壊もあって、多くの計画は中途で縮小、頓挫し、計画利用者数や雇用者数も見込みを大きく下回る状況である。地域の過剰投資は、地域経済の破綻をもたらしたばかりでなく、現在もなお、環境問題や地域のコミュニティへ影響を及ぼしている。これらは、地域視点やミクロの視点を欠いた、マクロ観光政策主導がもたらした帰結である。バブル崩壊後、1994年の『農山漁村滞在型余暇活動のための基盤整備の促進に関する法律』(グリーンツーリズム法)のように、地域・体験・滞在型をキーワードに都市と農村の人的交流を深めようとする試みも続けられており、理念的には、地域の重要性を意識した新たなビジネスモデルとして理解できる。他面、国際的は重要な動きがあった。1992年の地球サミット後、地域(主に途上国)における観光開発について、環境保全と地域の発展、貧困緩和を目的としたあらたな観光のあり方として「エコツーリズム」が提唱され、2002年は国際エコツーリズム年に制定され様々な活動が行なわれた。とかく開発イメージの高い観光開発から、環境配慮型の観光発展へと移行せざるを得なくなった背景には、将来世代へむけた持続可能な観光開発と、地域の衰退や環境悪化など地域保全が必要となったからである。こうして、国を問わず、地域と環境の視点を抜きには、持続可能な観光発展を立案、遂行できなくなったのである。

よい客は3年環境(宿)を変えずよい環境(宿)は3年客を変えず

 「よい客は3年環境(宿)を変えずよい環境(宿)は3年客を変えず」と言われる。その意味で、2008年に制定されたわが国の『エコツーリズム推進法』は緒についたばかりである。しかし、その意義は大きい。これは、観光による環境への悪影響の増大に対して、主に自然保護に配慮した観光の推進を行うための基本的枠組みを、地域のさまざまな主体が協働するかたちで実現させようと企図したものである。地域の持続的な観光発展には、環境(これには、文化財保全、景観保全、自然環境保全など様々な要素がある)が重要である。「エコツーリズム」や「持続可能な観光」さらには「責任ある観光」など、表現は様々である(**)が、それらの実現とさらなる発展にむけて研究が進み、政策やシステム作りが提言されている。観光地において、地域の関係者の協力の下で、どのように環境配慮型の宿やレストランあるいはアトラクションを提供するか、そのために必要な規制や経済的仕組みをどうやってつくるか。それらを常に監視し改善して行くシステムをどうやって管理、運営していくのか。これらのいわば供給サイド、市場サイドに加えて、観光地での観光客の環境配慮行動のありようや、環境保全の教育的な効果などに関する調査が進んでいる。よい客は、よい環境をつくるが、よい環境は、よい客をも育てるのである。この意味で、『エコツーリズム推進法』が、対象とする自然観光資源を自然環境のみならずそれに関わる生活文化を含んだ点、また、環境保全意識の啓発に関する環境教育の推進をその理念に含んだことの意義は大きい。

旅をすることは生きること

 「旅をすることは生きること」に例えられる。われわれには、地球環境問題への対峙はもとより、持続可能な観光のために、地域の自然観光資源を保全する努力が求められている。しかし、理念を求める事は常に厳しい。2007年に世界遺産の危険リスト入りし2010年に復帰したガラパゴス諸島は、観光発展の影の部分の一例である(***)。それは、観光発展と自然保全との両立がいかに難しいかを私たちに教えた。実際、多くの観光地で同様の問題が起こっている。エコツーリズムを標榜しながら、実は環境にやさしくないツーリズムも見受けられる現状がある。環境配慮型の観光地形成はもちろん、観光客として現地に出向く時も、エコを考えエコを楽しみながら、十分旅を満喫したいものである。これで本日の旅の終わりとしよう。

備考

  • (*) 実は地域の観光資源の管理問題は、その特性からコモンプール財として把握できる。誰もが利用できるものの、誰かの利用が他の誰かの利用を妨げるような財がコモンプール財である。これは、観光資源などを含めて、地域に適切な管理運営が求められる理論的根拠になっており、米国のオストロム教授(2009年ノーベル経済学賞受賞)がその端緒を開いた考え方である。(拙稿「資源配分の新たな視座-地域コミュニティの役割:オストロム教授の業績」『公共選択の研究』2010年8月参照。)
  • (**) エコツーリズム(ecotourism) は、基本的には国立公園など自然地域への観光をさす場合が多く、一般的には、持続可能な観光(Sustainable Tourism)が用いられている。しかし、わが国では、エコツーリズムの用語法がより広い意味で用いられており、ここでもそれに従った。
  • (***) 世界遺産の管理運営問題やガラパゴス諸島の動向に関しては、UNESCOのホームページの他に、拙稿の The World Heritage in Danger: Tourism and Governance, (中央大学経済学論纂2011年3月掲載予定)を参照ください。
薮田 雅弘(やぶた・まさひろ)/中央大学経済学部教授・クイーンズランド大学客員教授
専門分野 公共政策、環境経済学、観光経済学
【略歴】
岩手県出身。1954年生まれ。1981年九州大学大学院博士課程単位取得。博士(経済学)。福岡大学教授を経て1999年より現職。現在(2011年3月末迄)豪州クイーンズランド大学法経学部観光学科客員教授として在外研究中。現在は、観光発展と環境保全の両立を目指すサステイナブルツーリズムと、その計画立案および遂行における地域ガバナンスのあり方を主たる研究課題とし、それらを主にコモンプールの視点から研究している。著書に、『コモンプールの公共政策』(<新評論>、2004年)、『環境と資源の経済学』(<勁草書房>、2007年共編著)などがある。これまでに、世田谷区清掃・リサイクル審議会委員、多摩市環境審議会長、稲城市環境審議会会長を務めるなど、地域の環境計画策定に多く参画している。