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中尾 秀博

中尾 秀博 【略歴

もうひとつの大惨事

歴史は繰り返す

中尾 秀博/中央大学文学部教授
専門分野 環太平洋文学・文化

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空前の大惨事

2年前の今日、2011年3月11日を日本人は忘れることはできない。同様に、米国人は2001年9月11日を忘れることはないだろう。どちらも「空前の大惨事」が起きた日なのだから、それぞれが国民的記憶となるのは当然のこと。そのこと自体に問題はないだろう。

問題があるとすれば、それぞれの大惨事が絶対視されてしまうことかもしれない。記憶を深く胸に刻みながらも、客観的に認識することを放棄してはならない。より大きな見取り図の獲得を目指さなければならない。

もうひとつのセプテンバー・イレブン

ピクセルプレス新規ウインドウのサイト上にある「追悼2001年9月11日」(September 11, 2001 in remembrance . . .) には、実にさまざまなセプテンバー・イレブンの画像が集められているが、そのなかで異彩を放っている写真がある。AP通信から配信されたモノクロ写真2枚を組み合せたもので、画面の上には撮影された日付、下には撮影場所とキャプションがある。

標準的な横長の写真を左右隣り合わせに並べているのだが、どちらも建物の正面から煙が立ちのぼる様子を、道路をはさんだ斜め右上から望遠で撮影しているので、撮影の日付と場所の情報なしでは区別がつきにくい。左側の写真は1973年9月11日、チリのサンティアゴ。右は2001年9月11日、合衆国のワシントンDC。

つまり、日付は(28年違いではあるが)どちらもセプテンバー・イレブンで、場所はどちらも首都。それぞれのキャプションでは、チリでは軍事クーデターが社会主義政権の指導者アジェンデを退け、合衆国ではペンタゴンとWTCが攻撃された、と説明され、どちらも9.11が「国民的な哀悼の日」(a national day of mourning)である、と締めくくられている。

ピクセルプレスがこの組み写真を掲載したのは、チリの9.11から30年後、合衆国の9.11から2年後の2003年のことだが、現在ふたつの9.11が並べて報じられることはほとんどない。9.11といえば2001年の合衆国のことではなく、1973年のチリのことを指すというラテンアメリカでは、軍事クーデターの裏でCIA(合衆国大統領直属の中央情報局)が画策していたことは周知のことであるが、そのような陰謀の歴史がいまさら西側先進諸国の主要メディアで報じられることはないだろう。この組み写真は、9.11が「民主主義」の司令塔ホワイトハウスが民主的に選ばれた社会主義政権にしかけた陰謀と対を成していることを示唆している。

もうひとつの「レベル7」

「レベル7」とは2011年3月11日東京電力・福島第一原子力発電所の事故に関する「国際原子力事象評価尺度(INES=International Nuclear Event Scale)」の深刻度評価のことで、言うまでもなく「最悪」を意味する。「レベル8」は存在しない。1979年3月28日スリーマイル島原子力発電所事故が「レベル5」、86年4月26日チェルノブイリが「レベル7」、99年東海村JCOが「レベル4」であった。因に、フクシマ第二は「レベル3」。

3.11当日を振り返ってみると、地震、津波に続いての原発事故が深刻なものではあっても、チェルノブイリの「レベル7」には至らない、という希望的観測があった。最悪の「レベル7」は、旧ソ連の杜撰な管理体制のもたらしたもので、それから四半世紀を経た技術大国の日本で繰り返されるはずがない、という自負があった。また旧ソ連体制下のような情報統制や隠蔽などありえない、という信頼感もあった。

すべてが「想定外」という逃げ口上できれいに裏切られたとき、希望的観測にも自負にも信頼感にも根拠がなかったことを、わたしたちは思い知らされる。フクシマに与えられた「レベル7」は、わたしたちのアサハカさに下された評価でもあるのかもしれない。

昨年12月に国際原子力機関(IAEA=International Atomic Energy Agency)がフクシマを訪れ、県や国と除染・廃棄物管理・モニタリング・緊急時対応などに関する協定を結んだことは報道されていたが、そもそもIAEAが「全世界における原子力の貢献を促進し、増大させる」ことを目的とする機関であり、チェルノブイリ事故の被害調査では「住民には放射能被曝による健康障害はなかった」と発表していたことには触れられていなかった。主要メディアは「レベル7」とIAEAの負の連鎖が繰り返されようとしていることを警告しなかった。体制側がIAEAを歓迎する政治的意図を告発しなかった。(www.daysjapan.net/新規ウインドウ

歴史は繰り返す

9.11も3.11も「空前の大惨事」ではなかったかもしれない。体制におもねる主要メディアがアサハカな報道に終始することも「空前」ではない。大惨事が繰り返されていること自体が大惨事であることに気づかなければ、わたしたちのアサハカさは底なしになってしまう。

不幸中の幸いとして、アサハカさを自覚したわたしたちには、底なしのアサハカさから脱出するヒントは与えられている。主要メディアによる制御のおよばない情報~体制が封印したがる事実~は受信可能なのだから、より大きな見取り図の獲得を目指さなければならない。

中尾 秀博(なかお・ひでひろ)/中央大学文学部教授
専門分野 環太平洋文学・文化
1956年、鎌倉生まれ。
1985年東京大学大学院人文科学研究科博士課程中退。
東京商船大学専任講師、明治大学助教授を経て、1993年より中央大学助教授。1997年中央大学教授(現職)。
現在の研究領域は環太平洋地域の英語圏文学・文化。
2009年度には先住民の映像表象について豪州メルボルン大学で在外研究。
『中央評論』では連載「ポップスの花道」を担当していたが2011年7月号の30回で終了し、あらたに連載「さかさまポートレート・ギャラリー」を開始し、次号で7回目になる。