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新原 道信

新原 道信 【略歴

Think planetary――惑星社会を生きる若いひとたちへ

新原 道信/中央大学文学部教授
専門分野 地域社会学・国際フィールドワーク・惑星社会論

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 私たちは、グローバル社会となった惑星で生活している。それは、外部の環境および私たちの社会生活そのものに介入していく力によって、完全に相互に結合していく社会であるが、しかし依然として、そのような介入の手が届かない本来の生息地である惑星地球(the planet Earth)に拘束されているような社会でもある。社会的行為のためのグローバルなフィールドとその物理的な限界という、惑星としての地球の二重の関係は、私たちがそこで私的生活を営む惑星社会(the planetary society)を規定している。
A.メルッチ、新原他訳『プレイング・セルフ――惑星社会における人間と意味』ハーベスト社、2008年より

1 Think planetary!!

 毎年、3月から4月にかけて、大学を旅立つひとたちを見送り、新たに大学で学ぶひとたちを迎えるこの季節になると、これからの社会を自ら創っていくであろう若いひとたちに、どんな言葉を贈ろうかと考えさせられます。複雑化/断片化/流動化し、変化しつづけている現代社会を理解するために、「国際化」や「情報化」、あるいは「グローバル化」といった言葉が登場してきました。変化の諸相を理解するために、外交・貿易・軍事制度などの国際関係の研究や、国内外の地域社会研究を積み重ねることは、たしかに大切です。しかしこの諸相の全体像、複数の顔をもった変化が持つ意味を捉えるにはどうしたらいいのだろう? そう考えるとき、いまは亡きイタリアの社会学者A.メルッチのことを想い出します。そして彼ならきっと、「Think planetary!!――いまこの場で、惑星そのものの命運を考え、パッショーネとともに、多重/多層/多面的に、懸命に行動しなさい」 と言うのではないかとと思うのです。ではなぜいま、なかなかその全体像を想像することが困難な現代社会を、「惑星」そのものから考えることが必要なのでしょうか。

2 惑星社会を生きる

 巨大都市(メガシティ)の大量消費と大量廃棄のなかで暮らす私たちは、自然環境や社会生活そのものに介入し、生産力を大幅に高め、「快適で豊かな産業社会」を作り上げました。最初は、「惑星地球」の「物理的限界」のことなどあまり考える必要はありませんでした。「惑星地球」は無限の可能性を秘めた「グローバルなフィールド」であり、いつもどこかに、開発可能なフロンティアや前人未踏の地(no-man's-land)を発見できると思っていたからです。いまやこの「完全に相互に結合していく社会」では、私たちが食べるカップ麺やコンビニ弁当に使われる食材は、中国やアメリカ、東南アジアなどからやって来ます。携帯電話に使用されるレアメタルは、たとえばアフリカのコンゴからやって来ます。海老をたくさん食べることは、マングローブ林の減少や、抗生物質を大量に投与する養殖場での感染症とつながっていたり、携帯電話の機種を変更することは、ゴリラが暮らす森の減少や、アフリカの天然資源をめぐる内戦とつながっていたりするのです。

 私たちの大量消費生活は、<生産のための資源調達-加工-流通-利用-利用後(フロントエンドとバックエンド)>の全過程で、膨大な廃棄物を生み出してきました。太平洋の深海には、大量のプラスチックが堆積し、放射能や化学物質は、生態系の循環のもとで、風に運ばれ、雨や雪に付着して、私たちのもと、大地のもとにやって来ます。天然の鮎やヤマメ、日本の農山村を豊かな恵みで満たした川や土は、放射能の受け皿へとその姿を変え、「異物」は私たちの身体にも蓄積されていきます。社会が生み出すものが、「生活の場」である社会を成り立たせている「生存の場」に危機をもたらすようになったのです。

 核エネルギーは、私たちの「生存」の可能性を問い、遺伝子操作・産み分け・クローンなどによって人間の境界線は揺らいでいます。もはや、「物理的限界」を無視した対処法――廃棄物処理場が満杯になったからといって新たな候補地を探したり、化石燃料の蕩尽とCO2の排出による「地球温暖化」に対する「原子力発電」、さらにはオイルシェールやメタンハイドレードといった新たな地下資源を採掘したりといったやり方では、未来への不安を消すことは出来なくなってきました。

 つまりは、「グローバル化」によって「外」(あるいは「フロンティア」「荒野」)は消失し、いまや私たちは、思っていたほど広くも無限でもない「惑星地球」に暮らしています。ひとたびこの土地の許容範囲を超えた資源の採掘や汚染が起これば、たやすく社会そのものが「自家中毒」を起こし、「生存」の基盤が脅かされます。いわば、すべてがローカルな運命共同体、逃げていく場所のない「惑星社会」に暮らしていることを意識せざるを得ないのです。

3 いまここからの未来

 ここまで見てくると、「未来は決して明るくない」と思うひともいるかもしれません。しかしこの可能性と限界が相互に結合し、ローカルな運命共同体となってしまった惑星社会では、大統領や首相でなくとも、ごくふつうのひとたちが、「どこまでも拡大・成長していく未来」とは異なる社会をイメージするチャンスを持っているし、新たな社会システムを創っていく試みに貢献できるはずだとメルッチは考えました。私もそう思います。この危機は、危険と同時にチャンスでもあるはずです。亡くなる直前にメルッチが遺してくれた以下の言葉とともに、playing&challengingに、従来の枠組みから“ぶれてはみ出す”ことを試みる若いひとたちと歩みをともにできれば思っています。

「過去においては、変化や革新、あるいは支配的傾向への異議申し立ても、数量に換算されていました。・・・・・・いまや私たちが暮らす相互依存的で相互作用的な世界においては、限定されたものやマージナルなものもまた、かえって効果的であったりもします。・・・・・・現在の社会においては、ほんの小さな行為が重要な意味をもちます。というのは、この惑星の隅々に至るまで体験や出来事や諸現象を多重/多層/多面化させている相互依存の網の目にとって、それら小さきものこそが、根本的な資源となっているからなのです」(2000年故郷リミニでのシンポジウム「リミニ人の省察」より)。

新原 道信(にいはら・みちのぶ)/中央大学文学部教授
専門分野 地域社会学・国際フィールドワーク・惑星社会論
1959年生まれ。名古屋大学、東京大学、一橋大学、イタリアのサッサリ大学等で学び、千葉大学助手、横浜市立大学助教授を経て2003年より現職。国内の大学の他、イタリア、フランス、ドイツ、ブラジル、ポルトガル、スウェーデン、フィンランド、カーボベルデ、スロヴェニア、マカオ等の大学で講義・セミナーを行う。主として日本語とイタリア語で書き、『ホモ・モーベンス――旅する社会学』(窓社)、『境界領域への旅』(大月書店)、『旅をして、出会い、ともに考える』(中央大学出版部)などの著書、メルッチとの仕事は『プレイング・セルフ』 (ハーベスト社)などがある。