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新井 誠

新井 誠 【略歴

成年後見制度と選挙権

新井 誠/中央大学法学部教授
専門分野 民法、信託法

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1.3月14日東京地方裁判所判決

 公職選挙法は、成年被後見人の選挙権を一律に剥奪している。この公職選挙法の規定を違憲、無効としたのが、2013年3月14日の東京地方裁判所判決であった。

 成年後見制度は成年被後見人を財産管理、身上監護面において支援するものであるのに、その制度が選挙権という国民の基本的な権利を奪っていることは到底容認できない。早急な法改正が不可欠である。筆者は4月12日開催の与党成年被後見人と選挙権に関するプロジェクトチーム担当者のヒヤリングに応じ、法改正のための私見を開陳しており、成年被後見人の選挙権を剥奪している公職選挙法11条1項1号を削除し、成年被後見人にも一律に選挙権を付与したうえで、成年被後見人が具体的に選挙権を行使するに際しては、同法48条の代理投票制度の内容を改正して、選挙人の現実の選挙権行使能力を確認しつつ、併せて不正投票の防止を図ることが当面の対応としてベストである旨を提言したのであるが、そのような方向での議論の収束を期待したい。いずれにせよ3月14日判決は成年後見制度の欠点を多くの国民に認識させ、法改正を迫る契機となった点においてきわめて画期的であった。

2.成年後見法世界会議

 上記の問題は、実は東京地方裁判所判決によってはじめて剔出されたものではない。その問題は夙に指摘されていたのであるが、それが顕在化することがなかったに過ぎない。

 筆者も成年後見制度の改革のために注力してきたつもりである。筆者が理事長を務めている日本成年後見法学会が中心となって世界会議を開催して、その場で成年後見制度を改革するための宣言を公表することが計画された。そして2010年10月2日から3日間、横浜市で世界初の成年後見法世界会議が開催されたのである。16カ国から約500名の参加があった本世界会議では、成年後見制度の現代的課題について参加者の国内事情も含めて忌憚のない議論がなされ、きわめて有益であった。3日間の討議の総括として「横浜宣言」を公表することが承認された。

3.「横浜宣言」

 「宣言」は法改正について、「現行成年後見法は成年後見人が本人の財産に関しての代理権を有すると規定しているが、成年後見人の代理権は財産管理に制限されるべきではなく、これを改めるべきであり、成年後見人は、本人の医療行為に同意することができるものとすべきである」と述べている。伝統的通説を脱して、利用者の身上監護上のニーズに応えようとするものであり、成年後見人に本人の医療行為の同意権を承認していない現行成年後見法の考え方は早急に改めるべきである。

 また、「宣言」は、「現行成年後見制度に多く残されている欠格事由は撤廃すべきであり、特に後見開始決定に伴う選挙権の剥奪には合理的根拠はなく、憲法で保障された普通選挙の理念に反し、基本的人権を著しく損なうものである」と述べている。成年被後見人の選挙権の剥奪の問題性は既にここでも指摘されていたのである。現行成年後見制度は本人の財産管理能力を制限するにとどまらず、多数の欠格事由によって本人にスティグマ(恥辱)を与え、本人の社会的参加を阻止する結果となっている。成年後見法の理念であるノーマライゼーション(共生化)の考え方に抵触するものであり、制度利用を躊躇させる要因とも考えられる。

4.公的支援システム

 「宣言」において、成年後見制度は、利用者の資産の多寡、申立人の有無等にかかわらず「誰でも利用できる制度」として位置づけられるべきであり、そのためには行政が成年後見制度全体を公的に支援することが不可欠としている。このような公的支援システムは「成年後見の社会化」を実現するものであって、行政による支援システムの創設が提言されている。そして「宣言」は、「成年後見制度の運用面における司法機能、とりわけ家庭裁判所の機能の一層の拡充・強化を図ることが公的支援システムの円滑な実施の大前提となるべきである」として、「このような公的支援システムの創設は、本人の親族、一般市民各専門職間のネットワークを拡充させ、適切な成年後見人の確保、成年後見制度の権利擁護機能の強化に資するものである」と述べている。

 実は、「宣言」において起草者が最優先事項と考えていたのがこの公的支援システムの創設であった。成年後見制度を真に機能させるのは法律の条文ではなく、それに魂を入れ、その理念を具現化するシステムである。我が国の成年後見制度にはそのようなシステムが欠けている。

5.結語

 成年被後見人の選挙権一律剥奪の是正は「成年後見の社会化」の第一歩に過ぎない。完全な「成年後見の社会化」への道程は遥かに遠い。しかし、我々はその歩みを止めることがあってはならない。

新井 誠(あらい・まこと)/中央大学法学部教授
専門分野 民法、信託法
新潟県出身。1950年生まれ。慶應義塾大学法学部卒業。1979年ミュンヘン大学法学博士。千葉大学、筑波大学等を経て、2011年より現職。
日本成年後見法学会理事長、信託法学会常務理事。
2006年フンボルト賞受賞、2010年ドイツ連邦共和国功労勲章1等功労十字章受章。
現在の研究分野は、法律行為概念の再生、高齢社会における信託制度の活用、成年後見制度利用促進の理論構築。
主要著書に「信託法(第3版)」(有斐閣、2008年)、「信託法制の展望」(共編著、日本評論社、2011年)、「成年後見法制の展望」(共編著、日本評論社、2011年)等がある。