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瀧澤 弘和

瀧澤 弘和 【略歴

20世紀の人間科学・社会科学を再考する

ジョセフ・ヒース『ルールに従う』を訳して

瀧澤 弘和/中央大学経済学部教授
専門分野 ゲーム理論、実験経済学、経済学の哲学

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 先頃私は、ジョセフ・ヒースの『ルールに従う:社会科学の規範理論序説』の翻訳を上梓した。この本をいずれかの分野に分類しなければならないとしたら哲学書ということになろう。私のもともとの専門分野はゲーム理論、実験ゲーム理論であるから、なぜ私が同書を翻訳したのかを訝しく思う向きもあろう。実際、以下でも述べるように本書の議論は、哲学のみならず、社会学、心理学、進化生物学等々の分野をまたぐものであり、すべてではないにしても引用されている文献を理解しながら翻訳を進めることは、私にとって相当時間を要する作業であった。しかし、その後同書に寄せられたさまざまなコメント(その中には「ここ10年で最も重要な文献」という望外のものもある)を見ていると、その苦労も報われる思いである。同書はこれからの社会科学に対して非常に大きな問題提起をしているので、少しでも多くの方々にその意義を理解してもらいたいと思っている。

1.人間はどのようにして社会秩序を維持しているのか

 本書のテーマを一言で表現するならば、それは「なぜ人間は規範や道徳に従って行動し、社会秩序を維持できるのか。また、社会秩序はどのようにして変化させられるのか」という、人間と社会にとってもっとも根本的な問題である。もちろんこの問題は、過去にも多くの哲学者・社会学者・経済学者が取り組んできたものである。しかし、解決されたというにはほど遠い状態にあった。では、なぜ今の時点において、ヒースは改めてこの問題に取り組もうとするのだろうか。そして、それにどのような新しい解決策を提起するのだろうか。

2.20世紀の社会科学の主流:「道具的合理性」と「方法論的個人主義」

 まず、これまで社会科学の主要な潮流を規定していた状況から説明しよう。20世紀は社会心理学、人類学等々の例外はあるものの、多くの人間科学・社会科学の分野で社会秩序を次のように理解しようとしてきた。

  1. 個々人は選択可能なさまざまな行為の中で、もっとも望ましい結果をもたらすものを合理的に選択すると想定される。その際、各行為の望ましさは、それがもたらす結果の望ましさによってのみ派生するものとされ、個々人がさまざまな結果に付与する望ましさについては、好みの問題なので論じることができないと考えられた。このような合理性のことを「道具的合理性」という。
  2. 個々人の合理的選択が組み合わさることで、一定の社会秩序が生み出される(社会現象に対するこのアプローチの仕方を「方法論的個人主義」という)。

 つまり、20世紀の社会科学の主流をなしていたのは、このように、道具的に合理的な個人に基づいて社会現象を説明しようとする方法論的個人主義だった。そこには、道徳性を内面化して行為する個人の姿はなく、社会の道徳的秩序は合理的諸個人の行動の組み合わせによって説明されることになる。

 経済学で採用されてきた方法が、そのもっとも典型的な例である。たとえばゲーム理論では、社会の中でわれわれが協力するのはなぜかという問題を、次のように説明する。人間が協力するか否かを選択する状況は「囚人のジレンマ」という、よく知られているゲームによってモデル化される。このゲームは1回限りでプレーされる限り、協力しないことが合理的である。ではどうやって社会の中の人々の協力行動を説明できるのか。実は、囚人のジレンマのゲームでも、それが無限回繰り返されるならば、協力を選択することが合理的行動となることを示すことができる。つまり、個々人の道具的合理性から社会の中の協力行動を説明できることになるのである。

 しかし20世紀の終わり頃には、ゲーム理論の分野でさまざまな実験が行われるようになり、このような「合理的」説明では説明できない現象が多く発見されるようになってきた。

3.収斂しつつある人間観・社会観

 他方で20世紀は、人類史の中でも未曾有の学術的蓄積が進展した期間でもあった。そこで特に注目されるのは、20世紀も後半になると、分析哲学、意思決定理論、ゲーム理論、社会心理学、進化心理学、認知科学、人類学等々、それぞれ独自のアプローチから人間の社会的行動を対象としてきた諸分野における研究が、共通の論点を浮かび上がらせるようになったことである。その共通の論点とは、非常に大雑把な言い方をするならば、人間の「合理性」が社会的に形成されるものであること、むしろ、合理性の基礎には人間という生物に固有の模倣的な仕方で規範に同調する性向が存在しており、規範性なしには合理性も存在しえないということである。

 ヒースの『ルールに従う』は、多様な分野でのさまざまな研究成果を巧みに織り合わせることで、人間の社会的行動はもっとも深いところで規範同調性、道徳性によって支えられていることを立証する。そして、この観点から人間の合理性の概念を変更する必要があることを説くのである。

 たとえば、哲学の領域では、人間の内面にある「意識」を重視する従来の哲学から、言語的に表現されたものへと重点をシフトする「言語論的転換」と呼ばれるパラダイム転換が生じた。さらに、日本ではまだよく知られていないものの、ネオ・プラグマティズムと呼ばれるアプローチでは、哲学者ブランダムが言語や概念の発生を社会的実践から説明しようと試みつつある。道具的合理性に基づいて行為を選択する際に必要な心的状態(たとえば、各行為がどのような結果をもたらすのかに対する予想や、各結果の望ましさに対する評価で、専門的には志向的状態と呼ばれる)自体が、規範的ルールに基づく社会的実践の中で生み出されると考えるのである。

 20世紀の心理学は、人間の無意識を強調するフロイト流の精神分析の「非科学性」に対する反発から、一時、人間の内面に踏み込むことなく心理を研究する行動主義に傾いた。しかし、1960年代の「認知革命」を経て、今日、改めて広大な無意識の領域が人間行動のほとんどを規定していることに着目しつつある。そこでは、これまで比較的素朴に身体的刺激と同一視されがちであった欲求そのものが社会的に学習されるものであることや、合理的思考を司るメカニズムによって規定されるものであることが明らかにされつつある。欲求は単なる個々人の嗜好ではなく、合理的改訂に服するものなのである。また、認知科学では、人間が人工物とのインタラクションを特別にうまく形づくる動物であることなどが明らかになってきている。もはや、われわれの心は脳の内部で作用しているとは考えられておらず、脳と身体と環境の相互作用のなかで情報処理するものと捉えられるようになってきた。ここでいう環境の中には、もちろん社会制度が含まれている。

 進化生物学では、人間がサルとは根本的に異なる「超社会性」を示す動物であることの説明に焦点が当てられるようになっている。そして人間を他の種から際立たせている「優れた知性」、「構造化された言語」、「文化依存性」という3つの特徴が、サルとは異なり正確に他者を模倣したり、規範に同調する性向という単一の生物学的適応から生じているという説が次第に有力になっている。

4.人間の合理性を支えている規範同調性

 改めて、最初に提出した問題に帰ろう。ヒースが今の時点で、人間がどのようにして社会秩序を維持しているのかという歴史的難問に再挑戦することができるようになったのには、上述したような各分野における研究蓄積と超学際的交流の進展がある。すなわち、さまざまな分野で研究に携わる人々に共通した問題意識が見られるようになったということがある。広範な研究成果を見渡すことで彼が見いだしたのは、人間という生物種が他の生物種には見られない規範同調的性向を持つという事実である。この事実から、われわれ人間が持つ文化依存性や言語の発生を説明することができ、人間の持つ優れた知性もその結果として理解される。こうして、われわれの合理性をもっとも深いところで支えているのは規範性・道徳性であり、われわれが合理的である限り、規範性・道徳性を消去することができないのである。

 もちろんこのような大著は、簡単な紹介では決して汲みつくせるものではない。本書におけるヒースの説明は、予備知識がなくても、丹念に議論を負う忍耐力さえあれば、理解できるように叙述されている。本書は、哲学のみに関心が偏っている人や社会科学の理論しか知識がない人の視野を大幅に広げてくれるに違いない。是非とも多くの方々に読んでいただきたい。

瀧澤 弘和(たきざわ・ひろかず)/中央大学経済学部教授
専門分野 ゲーム理論、実験経済学、経済学の哲学
東京都出身。1960年生まれ。1997年東京大学大学院経済学研究科単位取得終了。スタンフォード大学経済政策研究所客員研究員、東洋大学経済学部助教授、経済産業研究所フェロー等を経て、2010年より現職。論文に、Kawagoe, T. and H. Takizawa (2009), "Equilibrium Refinement vs. Level-k Analysis: An Experimental Study of Cheap-talk Games with Private Information," Games and Economic Behavior, Vol. 66, pp.238-255,Kawagoe, T. and H. Takizawa (2012), "Level-k Analysis of Experimental Centipede Games," Journal of Economic Behavior and Organization, Vol. 82, pp.548-566などがある。