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根本 忠宣

根本 忠宣 【略歴

体質転換を求められる中小企業

根本 忠宣/中央大学商学部教授
専門分野 金融論・国際金融論

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アベノミックスは中小企業を元気にするか?

 安部政権発足(2012年12月)、日本銀行黒田総裁下による「量的・質的金融緩和」の導入(2013年4月)以降、景気回復への好循環が動き出したように見える。外国人投資家の日本株の購入、中長期債・短期債の売却(ドル買い・円売り)によって株価の上昇と円安が実現し、その結果として、輸出企業の業績回復が後押しとなってGDP成長率もプラスへ転換した。また、円建てベースの輸出物価指数、輸入物価指数の上昇によって企業物価指数も2012年12月以降プラスへと転じている。懸念されていた銀行貸出や企業設備投資への波及効果も、都市銀行や地方銀行での貸出増、大企業における前向きな設備投資計画という形で顕在化しつつある。取引先の大企業が潤えば注文が増えるであろうし、株や土地などの資産価値が上昇すれば担保価値が増大して借入が容易になるから、中小企業も何らかの恩恵を受ける可能性はある。しかし、量的緩和をはじめとするアベノミックスが中小企業を元気にするよう体質転換を促すとは思えない。

中小企業が抱える本当の問題

 何故ならば、多くの中小企業の抱えている最も重要な経営問題は円高でも資金不足でもないからである。

 確かに、輸出比率が低いにも係わらずGDPに占める外需比率が高いという日本経済の構造は円高に脆弱である。しかし、その影響を直接被るのは特定業種の一部の大企業である。(例えば、トヨタ自動車は円安を受けて営業利益率が2012年度1.9%から2013年度6.0%に回復)中小企業の場合、業種間の違いを無視すれば、金額ベースで見た海外仕入れ高が海外売上高を上回っており、平均的に円高によって被るマイナスよりもメリットの方が大きい。円高によって中小企業が影響を被るのは主として取引先からのしわ寄せであり、問題の根は大企業に対して正当な対価を要求できないという中小企業の価格交渉力の弱さにある。仕入価格の上昇を販売価格に転嫁できない点を踏まえると、円安は円建てベースの資源価格を上昇させ中小企業の利益率をさらに縮小させてしまう。こうした状況を放置したままでは、アベノミックスは大企業と中小企業の賃金格差をさらに拡大するかもしれない。ちなみに、労働政策研究・研究機構の資料によると、2008年の従業員1000人以上の企業の平均賃金は10人以上49人未満の企業の平均賃金の1.85倍であり、アメリカの1.68倍、ドイツの1.37倍よりも規模間格差が大きい。

 もちろん、格差とは平均的にみた姿であり、中小企業の実相を正確に捉えた表現ではない点には留意が必要である。中小企業、大企業問わず製造業では高い労働生産性をもつ企業と低い労働生産性に二極化しているからである。大企業以上に高い利益率を実現している中小企業が存在していることも事実であり、中小企業=弱者という見方は正しくはない。

 では平均の数値は何を意味しているのであろうか、利益率や賃金にみる平均値を大きく引き下げている業種は建設業、卸売業、小売業である。流通経路の多段階性や古い商慣行から抜け出せずにイノベーションを展開できていない業種である。また、製造業であっても平均値以下の企業に共通する特徴として負債比率(負債残高/総資産)が高い点がある。資金不足というよりも借入依存度が高いために、もともと低い利益率をさらに圧迫し、返済のために追加的な借入を必要とするという負の連鎖に陥っている。しかも問題なのは、こうした状況を救済しようと信用保証などの公的金融が関与するからますます体質転換を遅らせてしまうのである。量的緩和政策との関連でいえば、負債比率の高い企業はその終了に伴う長期金利の上昇によって返済不能に陥る可能性が高いであろう。このとき再び中小企業金融円滑法の変種を導入するような先送り策を優先すれば、日本の閉塞感はますます強まることになる。

中小企業の体質転換に向けて

 負債を減らし、賃金をアップするためには利益率(あるいは当期利益から役員賞与および株式配当を控除した留保利益に減価償却を加えたものはキャッシュフロー)の改善が不可欠である。高い利益率を実現している企業は、資本金、売上高、従業員数とは関係なく、完成品・最終製品の比率が高い、取引先数が多い、主力取引先への依存度が低い、ブランド力・製品開発力が強い、経営理念が明確であるという特徴を持っている。これらを実現できた背景に何があるのかをさらに調査しなければ具体的な対策は提示できないが、利益率改善に向けた課題としては、①価格交渉力のアップ(部品の規格化・標準化、量産体制を可能にするような連携強化、取引先の分散など)、②ブランド力、デザイン力、マーケティング力、販売・宣伝力のアップ、③知識創造部門生産性の向上(研究開発体制の強化)、④資本関係を持たない第三者との業務・技術提携、⑤人材の獲得・育成(優秀な文科系人材やグローバル人材、女性の活用、ワークライフバランスを踏まえた雇用環境の整備)などを模索していくことが重要である。

 政府が関与すべきは、社会政策(保護行政)と経済政策(成長戦略)を混在させる総花的政策の交通整理をしたうえで、利益率の改善に寄与するような税制の見直し、人材の獲得・育成に対する支援あるいは新規開業の促進、遊休資産の有効活用、自己雇用の活性化など新陳代謝を促すようなインセンティブ政策であろう。

 もっと大事なことは中小企業経営者のみならず日本人の気分転換にあるかもしれない。「卑屈不信の気風」を払拭し、「一身の独立」(福沢諭吉)を礎とすることなし憂鬱な気分から抜け出せない。「堕ちる道を堕ちきることによって、自分自身を発見し、救わなければならない。政治による救いなどは上皮だけの愚にもつかない物である」という坂口安吾の言葉にこそ真理がある。

根本 忠宣(ねもと・ただのぶ)/中央大学商学部教授
専門分野 金融論・国際金融論
1987年慶應義塾大学卒業後、富士銀行(現みずほ銀行)、中央大学商学研究科前期課程、三和総合研究所(現三菱UFJリーサーチ&コンサルティング)、国士館大学を経て現職。日本政策金融公庫政策評価委員、同研究所顧問、衆議院事務局客員研究員、経済産業研究所プロジェクトメンバー等を兼務。直近の主な業績としては、英語論文に、“The Decision-Making Mechanism of Regional Financial Institutions and the Utilization of Soft Information,” Public Policy Review (Policy Research Institute, Ministry of Finance, Japan),9(1),2013.pp.87-115、“The Design of Public Credit Guarantee Scheme and the Significance of the Performance Evaluation”, The 25th Anniversary Publication of ACSIC, November. 2012. “An Estimation of the Inside Bank Premium,” RIETI Discussion Paper Series 11E067, October.2011.(共著)、日本語論文に、「中小企業向け債権の証券化の実績評価にみる問題点と課題」『金融構造研究』第34号、5月号、2012年(pp.74-98)、「日本の金融機関における審査体制とソフト情報の収集・活用」『商工金融』第61巻第1号、1月号、2011年(pp8-37)がある。