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松永 真理子

松永 真理子 【略歴

リチウムイオン電池は安全か

松永 真理子/中央大学理工学部助教
専門分野 電気化学、薄膜・表面界面物性

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 筆者が学生時代より研究している電気化学センサは化学物質の分子認識に伴う化学変化を、信号処理し易い電気信号へと変換し、特定の分子を検出するシステムである。化学変化によるエネルギー変化を電気エネルギーに変換して発電し、また逆の反応によって蓄電する電池の仕組みと似通っている。

 センサでは電気エネルギーに変換された信号が信号処理や検出が可能な大きさであれば問題ないためエネルギー変化が微小な化学反応を扱うことも多いが、電池は沢山の電気エネルギーを取り出すためにより多量のエネルギー変化を伴う化学反応を選択して利用し、それら全てを効率的に電気エネルギーに変換させることに注力する姿勢が異なる。

 東日本大震災以降、新エネルギー技術の導入に期待が高まっている。電池は注目されているものの一つであるが、はたして電池にはどの程度期待していいのだろうか。実情と課題について考えてみる。

環境を配慮したエネルギー利用

 2011年の東関東大震災後の原発の停止による計画停電により、ろうそくの火で明かりをつけ、ガスコンロで料理を作るなど電気を使わない生活を一時とはいえ余儀なくされた経験から、電気に依存した生活を認識し、電気の需給が途切れることによる不安を実感した方も多いだろう。また原発による福島での被害を目の当たりにして、他の発電方法の可能性が今一度注目されている。現代も活躍している火力発電は、エネルギー資源の大半を輸入にたより、二酸化炭素排出の主たる原因となっているため、地球環境への負担を考えた世界での脱炭素の取り組みに反している。

 以上のことより二酸化炭素排出量を減らせる新エネルギー技術として再生可能エネルギーの利用に期待が寄せられている。しかしながら、風力、太陽光発電をはじめとする再生可能エネルギーの利用を考えると同時同量を満たすための課題が残っている。同時同量とは、電気エネルギーが供給する電気の周波数を一定に保つため供給量と需給量を等しくする必要があることを言う。エネルギーが電気の形で長期保存出来ないことが原因の一つとなっている。

 天候に左右される再生可能エネルギーを使う場合、その他の新エネルギー技術で供給量と需給量を調節しなくてはならない。瞬時のエネルギー供給量の変化にも対応が可能であり、変換効率の高いものと考えると電池による化学エネルギーとしての保存が一つの有力候補となっている。

電池利用にあたっての課題

 新エネルギー技術として電池を使う際には定置用蓄電池としての利用と車両に搭載した分散型エネルギーとしての利用の主に二つが考えられている。どちらにしても電池の普及を考えると高エネルギー密度を維持しつつコストや資源的制約を下げるという課題があるがこれらの内容はここでは割愛し、もう一つ大事な課題として安全性の向上について述べようと思う。

 電池は100%安全なのだろうか。

 2013年1月にボーイング787型機の補助動力ユニットの始動と非常時のバックアップ用途に使われていたリチウムイオン電池の発火事故を思い出す人がいるかもしれない。

 リチウムイオン電池は単位体積または単位重量当たりに蓄えられるエネルギー量であるエネルギー密度を高くできることから二次電池としてモバイル機器などで活躍しているが、車両用、航空機用、および定置用のエネルギー蓄電設備としても注目が高まっている。

 これまでも、携帯電話やモバイル機器に使われているリチウムイオン電池の発火による事故(やけど等)はいくつか報告されてきているが、車両用、航空機用、はたまた定置用のエネルギー蓄電設備となると電池に詰め込む総エネルギー量は更に大きくなる。

 エネルギーとは物体が仕事をするための能力と言える。多量のエネルギーが詰め込まれている状態は、誤った動作が引き起こされた時の危険性も当然高くなる。リチウムイオン電池は過電圧、過電流、または電極間のショートなどで発熱反応が進行し、電池が一定温度以上になるとそれを皮切りに連鎖反応が起こり、電池温度が急激に上昇する熱暴走を起こすことが知られている。また電解液にはイオン伝導性などを考慮した有機溶媒を利用しているが、この有機溶媒は発火性を有するため、熱暴走により火災を起こす可能性がある。

 2013年2月に米運輸安全委員会からの報告だと、今回の事故はリチウムイオン電池のセルのうち一つがショートして熱暴走を起こし、それが他のセルへ波及して火災を引き起こした可能性が高いということだ。

 セル間で熱暴走の波及が無いことが航空機への搭載の条件だったということだが、電池は電気系統に繋げ、システム全体を一つの会社が製造しているわけではないということで、2013年5月の時点で未だに原因の解明は難航しているということだ。それでも、この事故から以下のようなことを学ぶことができる。

 万が一の事故(想定外と言われる事故である)は起こりうるので、事故の確率を下げ、人の命に関わるような大きな事故にならないようなシステム作りをしなくてはいけないということである。最近の材料研究では発火性や流動性を持たない電解質、ショートを起こしにくい電極材料やセパレータなどの研究がある。これに加え、セルのショートなどの事故のきっかけを予測して回避するシステムの研究、開発がより一層求められるだろう。その他にも動作環境の影響を知り対策をとることも重要ではないかと考えている。例えば、航空機内と自動車とは当然環境が異なる。気圧及びその変化が特殊であるし、振動にも違いがある。想定を広く保つためにも環境が動作に与える影響に関する基礎研究は同じ間違いを起こさないためには必要だろう。それだけではいけない。想定外のことが起きた後の対策も可能な限りたてていかなくてはいけない。最近では、過充電を起こさないような回路設計が万が一機能しなくなった時のために余分なエネルギーを他の化合物の反応で吸収する仕組み(レドックスシャトル材の利用など)が研究されているが、単電池の外だけでなく、内部にも対策を講じることは賢い手だと思う。以上のように、動作環境を配慮した上で、周辺設備も含め電池には何重もの保険を掛けておくのが妥当であろう。そういった念入りな事前対策は長らく我が国の得意分野であったように筆者は考えている。日本がリーダーシップを発揮できればと思う。

 筆者は電池のような電気化学システムの性能向上を電気化学解析手法やナノ技術を活用した材料開発から進めていくと同時に、電気化学解析結果を元に電池の利用技術の確立(安全性診断技術など)に貢献していきたいと考えている。現在国内の電気系の学科には電気化学分野を専門にし、化学を理解して材料作製から解析までを行う研究者は殆ど居ないと思う。

 中央大学の電子情報通信工学科の名の通り幅広い専門家がいる環境を活かし、周辺技術を配慮した研究開発を進めて行きたいと考えている。

松永 真理子(まつなが・まりこ)/中央大学理工学部助教
専門分野 電気化学、薄膜・表面界面物性
1981年2月 千葉県市川市生まれ。
2003年 早稲田大学理工学部応用化学科卒業。
2005年 早稲田大学理工学研究科ナノ理工学専攻修士課程修了。
2008年 同上博士課程修了 博士(工学)。
早稲田大学生命医療工学研究所 研究助手、米国ハーバード大学博士研究員、早稲田大学理工学研究所 次席研究員・講師を経て現職。
著者は電気化学センサの研究開発において分子認識界面における電気化学反応(電子やイオンといった荷電粒子の移動)等に着目し、分子の右と左、実像と鏡像の関係である構造上のわずかな違いをもつ鏡像異性体を大きな違いが見える電気信号に変換して識別するシステムを研究し、博士を取得した後、界面科学の知見を活かして動くナノ材料や電池の研究に携わってきている。俯瞰的視野から進めるべき専門分野を見出し突き進み、ときには専門性から裾野を広げられる柔軟な思考力をもった研究者を目指している。