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伊賀上 菜穂

伊賀上 菜穂 【略歴

結婚式で泣く花嫁:

現代日本の披露宴と帝政ロシア農村儀礼の共通点

伊賀上 菜穂/中央大学総合政策学部准教授
専門分野 文化人類学(民族学)、ロシア史

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披露宴での花嫁の手紙

 結婚式には、日頃あまり意識されない家族や親族をめぐる価値観があらわれる。ロシア民族学を研究してきた私が日本の結婚式に列席して気になるのは、日本の花嫁(新婦)が披露宴で手紙を朗読することである。日本の結婚式は地域差や個人差も大きいので、この演出を含まないケースもあると思うが、首都圏の結婚情報誌を見るかぎり、今も定番演出とみなされているようだ。

 思うにこの演出の見どころ・見せどころは、花嫁の涙にある。手紙は花婿をはじめとする様々な人に向けて読まれるが、多くの花嫁は父母への感謝を述べるときに感極まって涙声になる。それを聞きながら涙ぐむご両親の姿に、招待客もまた目頭を熱くし、会場には静かな感動が広がる。

 このように花嫁の手紙は披露宴のクライマックスの一つとなっているが、その一方で、披露宴で涙を見せること、見ることへの不安や反発の声も聞こえてくる。泣くのは嫌だという理由でこの演出を避ける花嫁も少なくないようだ。

 結婚式には花嫁の涙がつきものだと考える人がいる一方で、泣かない花嫁もまた多い。ここでは花嫁の涙をめぐる問題を、ロシア農村の結婚儀礼という、日本からやや遠いケースと比べながら考えてみたい。

ロシアの泣きの文化

 私が花嫁の涙を強く意識してしまうのは、これまでロシア人の結婚儀礼を研究してきたせいだろう。というのは、かつてロシア農村の花嫁たちは、結婚が決まると「泣き歌」を歌ったからである。

 「泣き歌」(prichitanie)は「挽歌」とも呼ばれ、一般には葬送のときに歌われるものである。故人を偲んで儀礼的に「泣く/哭く」文化は、中国、朝鮮のものが有名だが、その他の地域にも広がっていた。現存する日本最古の歴史書『古事記』からも、泣きの文化とそれを支える「哭女(なきめ)」の存在が読み取れる。

 泣きの文化はロシア人のもとでも昔から知られていたが、それは単なる号泣ではなく、歌い手の世界観を読み込んだ歌謡として発達していた。泣きの文化はロシアの上流階層では早くに廃れ、19世紀に民衆の伝統として「発見」された。このとき農民の泣き歌は独自の発展を遂げていて、葬送のほかに、徴兵、自然災害、結婚といった、様々な場面で歌われるようになっていた。

結婚儀礼で泣き歌を歌う意味

 葬送と徴兵、自然災害時に泣き歌が歌われる理由はわかりやすい。つまり「不幸」と「別れ」を嘆くのである。同様に結婚の場でも、幸せな娘時代や両親と別れ、「他人」のもとに「嫁入り」する花嫁の「不幸」が歌われた。

 婚約が決まった娘は結婚式当日まで外出を控え、友人たちとともに自宅の台所にこもり、楽しい娘時代と別れなければならないわが身の不幸をせつせつと歌う。お嫁に行けばやさしい父母から引き離され、義父母からきつい仕事を強いられるだろう。既婚女性になれば青年たちを魅了した娘時代の「美しさ」は去っていき、自分は泣いて暮らすことになるだろう……。

 ロシアの結婚の泣き歌は、そんなに嫌なら結婚しなければいいのにと思うほど、悲しみに満ちているが、実際には当時の農村では、結婚できないことが女の最大の不幸とみなされていた。泣き歌の中でもまた、結婚が不可避であることが繰り返し強調される。そして結婚式当日に花婿が花嫁の手を取り、結婚が成就した後は、泣き歌は一切歌われなくなるのである。

 現代日本人にとって、葬送儀礼に由来する泣き歌がおめでたい結婚の場で歌われるのは奇妙に感じられるだろう。しかし文化人類学や民俗学でよく知られているように、妻が実家を離れて夫のもとへ移動する「嫁入り婚(夫方居住婚)」では、しばしば「花嫁の死」が象徴的に演じられてきた。つまり女性は娘として死に、妻・嫁として生まれ変わるという考え方である。かつては日本でも、花嫁が実家に戻ってこないようにと、出立にあたって花嫁の茶碗を玄関先で割る地域があったが、同じ儀礼は葬送のときに「死者が戻ってこないように」という意味でも行われていた。

 ちなみにロシアの結婚の泣き歌は、ソ連時代に「幸せな花嫁に無理やり泣かせるのはおかしい」と非難されたこともあって、多くの地域で1960年代までには廃れてしまった。私が参加した現代ロシアの結婚式でも、涙を浮かべる花嫁はいなかった。

独立宣言、それとも「嫁入り」?

 翻って現代日本の花嫁の涙を思い起こすと、ここでも結局、花嫁が結婚を機に父母と別れることが強調されていることがわかる。手紙を読む花嫁が強調したいのは「独立=親離れ」だろうか。それとも「嫁入り=他家の人間になること」だろうか。それは人それぞれかもしれない。

 それでも花嫁の手紙の演出は、全体としては後者、すなわち「嫁入り」による花嫁と実家との別れをイメージさせる。一昔前の(あるいは今でも?)日本の映画やテレビ番組では、実家を離れる花嫁が父母の前に手をつき、涙を浮かべながら「これまでお世話になりました」と別れを述べる場面がよくあった。こういう場面に慣らされてきた世代には、現代の披露宴で泣く花嫁も、このシーンと重なって見えてしまうのだ。

 さらに、今の披露宴では花婿が自分の父母に感謝の手紙を読むことが少ないこと、すなわち花嫁と花婿の行為の非対称性も、花嫁だけが両親と別れるかのような印象を増大させている。ロシアの泣き歌もまた、花嫁側だけで歌われるものだった。

 インターネットで調べると、今の日本では手紙を読む花婿も増えているらしい。涙を見せる花婿やその両親もいるようだ。だが何か大きな困難を乗り越えた場合を除き、「花婿側の涙」には否定的な意見が多い。そういう意味で、花嫁と花婿の非対称性は解消されてはいない。

 花嫁だけが父母に別れを告げること、そのときしばしば涙を伴うこと。結婚式にこういうシーンを期待し、それを「自然」で「美しい」と感じるのは、日本ではまだまだ「結婚イコール嫁入り・嫁取り」という意識が強い証拠である。泣き上戸の花嫁、花婿は、自分たちの涙を見た招待客が何を思うか知っておかないと、おちおち泣いてもいられない。

伊賀上 菜穂(いがうえ・なほ)/中央大学総合政策学部准教授
専門分野 文化人類学(民族学)、ロシア史
愛媛県松山市出身。1969年生まれ。博士(言語文化学)(大阪大学)。1992年上智大学外国語学部ロシア語学科卒業。1994年大阪大学大学院言語文化研究科博士前期課程修了。2001年大阪大学大学院言語文化研究科博士後期課程修了。東北大学東北アジア研究センター講師(研究機関研究員)、大阪大学大学院言語文化研究科助手、同大学非常勤講師を経て2009年より現職。現在はロシアの農村文化、宗教関係、旧満洲におけるロシア系住民に関する諸問題を研究している。主要著書に、『ロシアの結婚儀礼』(彩流社、2013年)、『満洲におけるロシア人の社会と生活』(共著、ミネルヴァ書房、2013年)などがある。