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米満 賢治

米満 賢治 【略歴

一瞬の光で物性を変えるメカニズム

米満 賢治/中央大学理工学部教授
専門分野 物性理論・分子性物質・光誘起相転移

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1.はじめに

 身の回りには多くの物質があり、それぞれが違う性質をもち、生活のいたるところで使われています。また、物質の性質(物性)が変わることで役立つ場合もあります。物質がどう見えるか(光の反射や吸収)、電気が流れやすいか(伝導性)、磁石を近づけるとどうなるか(磁性)など、物性がいかに現れ、変化するかを、物性物理学では研究しています。最近は、このような物性を一瞬のうちに変えられるか、ということに興味が持たれています。10のマイナス14乗秒くらいの間だけ光をあてて、10のマイナス12乗秒後までに絶縁体を金属にするなど、物性を一気に変えられることがあるのです。

2.多数の電子と物性

 物質のいろいろな性質は、電子が決めています。ミクロの世界では電子は量子力学に従って運動しています。多数の電子がどういう状態にあるか、光があたってどう変化するかを、筆者の研究室では理論的に研究しています。量子力学の世界では、古典的な粒子のようにどの場所にいると確定することができず、波のようにどんな速さで伝わると確定することもできません。しかし、大雑把に言うと、電子がお互いに避け合うなどして、規則的に並んでいるときは絶縁体になり、波のように広がっているときは金属になります。光をあてて絶縁体を金属にするためには、多数の電子の振る舞いを、前者から後者へ一気に変える必要があります。

3.分子性の物質

 多数ある物質の中でも、分子を積み重ねてつくられる物質は、多様な伝導性や磁性を示すために、詳しく研究されています。分子性物質では、原子が集まって分子となり、分子がたとえば2個集まって分子対となり、それらが2次元的に並んで層になり、それらが積み重なって結晶となる、というように階層をもっています。図1に模式的に示す、我々が研究したEt2Me2Sb[Pd(dmit)2]2でも、Pd(dmit)2分子の対が2次元的に並び、その面内を電子が動き回る物質です。Et2Me2Sbは電子を1個奪われ、分子対が電子を余分に1個受け取って1価となっています。しかし、低温では中性の分子対と、余分に電子を2個もった2価の分子対が規則的に並びます。これを電荷秩序絶縁体と呼んでいます。

図1.(a)Pd(dmit)2分子のモデル (b)[Pd(dmit)2]2分子対 (c)光で電荷秩序を融かす

4.電子の分布と分子の配置

 この物質で中性の分子対と2価の分子対が図1のように規則的に並ぶのはなぜかというと、電子の分布に応じて分子対の分子間距離が変わるからです。図2に示すように、中性の分子対では分子間距離が短く、2価の分子対では分子間距離が長くなっています。そうすることで、電荷秩序が安定しています。ということは、光をあてて分子対を少し不安定にすると、分子間距離が変わります。

図2.光があたったあとの電子の運動と格子の振動

5.一瞬だけ光をあてる

 光は電磁波の一種で、電場と磁場が振動しています。電場が振動するので、電子は揺さぶられます。その時間スケールは光の振動数で決まります。物質の中で電子の運動する時間スケールは、分子軌道の重なりで決まりますが、大雑把にいって分子同士が近いときは、それだけ速く行き来することができます。そのほかに重要な時間スケールとして、分子の振動があります。電子が行き来すれば、電子の分布が変化するので、分子の形や分子間距離が少し変わります。それによって起こる振動(格子振動)は電子の運動に比べれば、ゆっくりしています。これらのタイミングが大事なのです。

6.協調して起こる運動

 それぞれの運動がどう関連するかをみることにします(図2)。すでに報告されている実験では、あてる光の振動数を中性の分子対の中で電子が運動するタイミングに合わせています。すると光のあたった中性の分子対は少し不安定になって、分子間距離が少し長くなります。その結果、2価の分子対から中性の分子対に少し電子が移動します。そのために、2価の分子対では分子間距離が短くなります。こうして中性の分子対と2価の分子対の分子間距離がほぼ等しくなると、これらの分子対の間で電子が行き来しやすくなります。その結果、一気に電子が動き出すため、もともと規則的に配列していた電子が均一に広がっていきます。分子内と分子間の電子の運動と格子の振動が協調して、劇的な変化が起きるのです。

7.おわりに

 ここで扱ったEt2Me2Sb[Pd(dmit)2]2が低温で絶縁体になるのは、分子対がもつ電子数と分子間距離の関係が重要でした。一般に、光をあてて物性を変えるには、分子内と分子間での電子の運動と、分子内および分子間の振動が、どのように絡み合うかを理解することが必要です。光によって起こる様々な運動について、実験研究と協力しながら理論研究を進めると、物質を意図的に制御して新たな応用が展開できるかもしれません。物性を支配する役者たち、つまり電子の運動と格子の振動のタイミングをうまく利用すれば、運動を次々に連鎖させて、最終的に大きな変化に導くことができるのです。最後に本研究は、西岡圭太博士との共同研究により得られた成果です。

参考文献
  1. 米満賢治, 固体物理, 48, 1-12, (2013).
  2. K. Nishioka and K. Yonemitsu, J. Phys. Soc. Jpn. 82, 024701 (2013).
  3. K. Nishioka and K. Yonemitsu, J. Phys. Soc. Jpn. 82, 094716 (2013). (Paper of Editors’ Choice)
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米満 賢治(よねみつ・けんじ)/中央大学理工学部教授
専門分野 物性理論・分子性物質・光誘起相転移
1963年、宮崎県生まれ。1985年、東京大学理学部物理学科卒業。1987年、東京大学大学院理学系研究科物理学専攻修士課程修了。1990年、東京大学大学院理学系研究科物理学専攻博士課程修了。理学博士。ロスアラモス国立研究所(米国)博士研究員、国際理論物理学センター(イタリア)博士研究員、ジョージア大学(米国)博士研究員、東北大学大学院情報科学研究科助手、東北大学工学部応用物理学科助教授、自然科学研究機構分子科学研究所および総合研究大学院大学数物科学研究科での助教授(准教授)を経て、2012年より現職。現在の研究課題は、非平衡環境下の相関電子系の物性、光誘起相転移ダイナミクスの理論研究である。