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森信 茂樹

森信 茂樹 【略歴

消費税率の引き上げ

森信 茂樹/中央大学法科大学院教授
専門分野 租税法

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1、評価すべき消費税率引き上げの決定

 10月1日、安倍首相は、消費税率を来年4月8%に引き上げることを正式に閣議決定した。

 わが国経済は、日本銀行による「大胆な金融政策」、「機動的な財政政策」、「民間投資を喚起する成長戦略」からなる「三本の矢」の効果もあり、長引くデフレから脱却しつつある。その一方で財政事情は、平成24年度のプライマリーバランスがGDP比6.4%の赤字、公債等残高が同190%に及ぶなど、先進国最悪の状況が続いている。財政の持続可能性に対する市場の信認が揺らげば、金利の上昇等を通じて経済や国民生活に大きな影響が出かねない。

 また社会保障制度改革では、勤労世代の子供子育て政策の充実などに財源を振り向けていく必要性が指摘されてきた。

 このようなタイミングで、消費税率の引き上げを正式決定したことは、わが国の財政再建と社会保障の充実という2つの見地から素直に評価したい。

2、問題の残る大盤振る舞いの経済対策

 消費税増税の決定と同時に、消費税率引き上げに伴う経済へのマイナス効果を緩和するための経済対策として、投資減税や低所得者対策、公共事業追加などで総額5兆円規模の措置が決定された。消費税増収額はおよそ8兆円なので、単年度とはいえ5兆円の歳出増が行われたことは、安倍政権の財政再建への取り組みに関する優先度が低いという印象を与えてしまった。中身も、国土強靭化やオリンピックに名を借りた公共事業の追加が2兆円程度入っており、財政資金の使い方という観点から大いに問題がある。「まず総額ありき」の予算編成は、復興予算の流用問題に見られるようなモラルハザードを生みかねないので要注意だ。消費税率引き上げ議論が社会保障・税一体改革としてスタートした、その原点を忘れてはならない。

 このような財政の無駄遣いは、安倍政権の国際公約でもある「2015年度までにプライマリー(基礎的財政収支)赤字を半減させる」という財政目標の達成を危うくする可能性があり、今後市場から厳しく監視されることになる。

3、軽減税率は導入すべきではない

 税率引き上げ後の消費税の最大の課題としては、食料品への軽減税率導入の是非がある。与党の合意では、「10%引き上げ時の導入を目指す」となっており、12月中の決着が予定されている。

 軽減税率導入の最大の課題は、それに伴う減収をどのようにカバーするのかという点である。5%の軽減税率を食料品に導入すると、食料支出割合が2割程度なので、消費税率1%程度の減収となる。軽減税率の導入を主張する人たちは、1%分2.5兆円の財源をどのように確保するのか合わせて示す必要がある。代替案なき軽減税率の主張は、空理空論となる。

 次に、軽減税率は高所得者の方が受益額が大きく低所得者対策・逆進性の解決にはならない。高所得者の方が食料支出額が多いので、軽減税率は結局のところ低所得者対策ではなく、金持ち優遇策ということになる。

 最後に、軽減税率を導入している欧州諸国が、導入時にはなかったビジネスモデルの出現によって大変な悩みを抱えていることを認識する必要がある。それは、外食サービス(標準税率)とテイクアウト食料品(軽減税率)の区分である。英国では温度で区分し、カナダでは個数で区分しているが、どちらもうまくいっているとは言い難い。わが国ではどのような線引きがなされるのかは今後の検討次第であるが、結局消費者、事業者、税務当局の負担増となることはまちがいない。EUでは、軽減税率の見直しが主張されているが、一度導入されると、政治的には縮小・廃止は難しいという状況である。

 そのような事例を見てきているわが国としては、10%を超えた場合はともかく、10%時での軽減税率の導入は避けるべきだ。低所得者対策は、カナダで導入されているような簡素な給付付き税額控除によって行うことが効率的である。カナダ型の給付付き税額控除については以下の論文を参照されたい。
http://www.tkfd.or.jp/research/project/news.php?id=963新規ウインドウ

4、次は法人税減税

 税制全体の課題としては、法人税減税が問題となる。復興増税分の前倒し廃止も同時に議論となるが、復興臨時特別税は、日本人全体が震災復興の必要を連帯して負担しようということから出発しており、法人税負担を軽減してわが国経済を活性化することとは別の論理の話で直接は結びつかない。所得税・住民税の臨時超過負担とのバランスの問題もあり、十分な議論が必要だ。

 震災復興特別税を前倒しで廃止した後でも、わが国法人税の実効税率は国際比較で数%ほど高い。これが地方を含むわが国経済の空洞化の一因となっていることは確かで、法人実効税率を引き下げることの意義は大きい。その場合には、法人税減税の成果が家計に還元されるような筋道を作ることが重要である。企業経営者はこれまで効率的な経営を行ってきたとは言い難い。法人税引き下げ後は、コーポレートガバナンスを改善し生産性を引き上げ、その分を所得増、配当増に振り向けることが期待される。

 重要なことは、税率引下げの財源は限られているので、租税特別措置の見直し、固定資産税など地方税の課税ベースの見直し、さらには赤字法人や宗教法人などへの課税強化も含めた抜本的な法人税改革を行う必要がある。

 アベノミクス経済成長の成果は、広く国家(税収増)や国民(所得増)に還元されるべきで、政府も企業も、それにむけて実行していくことを忘れてはならない。

森信 茂樹(もりのぶ・しげき)/中央大学法科大学院教授
専門分野 租税法
1950年広島県生まれ、法学博士(租税法)。1973年京都大学法学部卒業後、大蔵省入省。1998年主税局総務課長、1999年大阪大学法学研究科教授、2003年東京税関長、2004年プリンストン大学で教鞭をとり、2005年財務総合政策研究所長、2006年財務省退官、2007年中央大学法科大学院教授、ジャパン・タックス・インスティチュート(japantax.jp)所長、東京財団上席研究員。この間東京大学法学部客員教授、コロンビア・ロースクール客員研究員。著書:『抜本的税制改革と消費税』(大蔵財務協会)、『日本が生まれ変わる 税制改革』(中公新書ラクレ)等、編著『給付つき税額控除』(中央経済社)