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佐藤 信行

佐藤 信行 【略歴

「強行採決」は何が問題なのか ~ 特定秘密保護法の成立に寄せて

佐藤 信行/中央大学法科大学院教授
専門分野 公法、英米カナダ法、情報法

はじめに

 2013年12月13日、いわゆる特定秘密保護法(「特定秘密の保護に関する法律」(平成25年法律108号))が公布され、今後1年以内に施行されることとなった。この法律については、その提案以来多くの問題点が指摘され、世論調査でも慎重審議を求める声が強かったが、衆議院では11月26日の安全保障特別委員会で「強行採決」、同日の本会議で可決、参議院では12月5日に国家安全保障特別委員会で「強行採決」、翌12月6日の本会議で可決成立したものである。

 こうした経緯もあって、本法の内容については、既に多くの論考が公にされており、今後学術的・実務的検討も進むことになろうが、その審議過程において行われた「強行採決」をめぐる問題点については、何が問題であるのか等を含めて議論が十分になされていないようである。そこで、本稿では、この点について考えてみたい。

強行採決とは何か

 「強行採決」は、法律に定義のある用語ではない。そのため、論者や文脈によって多少ずれがあるが、一般には、与野党が法案の内容や審議方法について合意できていない場合に、与党側が「法案の質疑を終局し、討論を省略してただちに採決する」動議を提出し、これに基づいて行う採決をいう。

 意外に思われるかも知れないが、日本の法律の多くは「全会一致」で成立している。残余の法律は、与野党で賛否が分かれるが、そのほとんどについては意見が対立したままで採決を行うこと、換言すれば審議を打ち切ることについての与野党の合意があり、ごく一部の法律のみが、強行採決で成立するのである。

 ところで、憲法は「強行採決」を禁止する直接の規定を有しない。そこで、この「強行採決」問題については、憲法と民主主義の原理に基づく理論的・実務的対応が求められることになるのである。

強行採決の問題

 上に見たように、日本の国会では強行採決は、実務上・量的に例外であり、そこから、「憲政の常道に反する」「話し合い自体を拒否する非民主的方法」という批判がなされることになる。たとえば、日本新聞労働組合連合は「特定秘密保護法案(秘密保護法案)は12月6日深夜、自民党と公明党によって強行可決された。憲法に明らかに違反し、根本的な欠陥があるにもかかわらず、十分な審議もなく強引に可決された。『良識の府』であるはずの参議院の強行採決は憲政史上に残る暴挙だ。」との声明を発表しているが、これは、上記の系譜に属する批判の典型的なものである。

 他方こうした批判について、そもそも民主主義は多数決で決定するものであり、かつ、政党制と党議拘束を伴う議会では、「意見の相違点」が明らかになれば、それを質問や討論で埋めることはできないのであるから、その段階で採決を行うことに問題はないという反論がなされることになる。

 この反論には、確かに一定の説得力があるが、なおいくつもの問題が残るといわざるを得ない。ここでは、字数の関係もあり、2点のみを指摘しておきたい。

 第1は、そもそも「多数決」と「討議」の関係をどのように理解するか、という点にかかわる。確かに、政党制を伴う代議制民主主義は、多数決意思決定とならざるを得ないが、ならば「討議」には意味はないのだろうか? それならば、ICTを利用して、あらゆる法案を「国民の直接投票」で決めてしまえばよいことにならないのか? 実は、これに対する解答として有力に主張されているのが、「十分な討議を伴う民主主義(deliberative democracy)」という考え方である。しばしばこの議論は、「いつまでもダラダラと議論する民主主義」や「変形直接民主主義」と誤解されるが、そうした理解は皮相的なものであって、その核心には、決定した政策を強制する正統性は、強制される側が十分な討議に参加可能であり、かつ、そこで利害調整が図られる可能性があることに求められるという考え方があることを理解すべきであろう。この意味で「対決法案である以上、強行採決は当然。むしろ審議自体無駄。」というアプローチは、あまりに素朴な議論であり、とりわけICT時代においては、代議制民主主義自体の危機を招きかねないものなのである。

 第2は、この「十分な討議を伴う民主主義」の点から、今回の法案審議をどのように評価すべきか、という問題である。実をいえば、本件のような対決法案が「最終的に強行採決」になることは、やむを得ない。しかし上の視点からすると、強行採決に至るにも「期が熟した」といえるかが問われるのであり、今回の審議経過については大きな問題が残る。問題は多岐に亘るが、ここでは特に、国会とりわけ委員会における審議は、法執行に際しての「立法者意思」を判断する重要資料であることを指摘しておきたい。この点からみると、今回の法案審議においては、秘密指定や監視のための組織設置という重要な争点について、参議院委員会採決直前になって政府から口頭で提案がなされるに留まったこと、また、秘密の定義や刑事罰をめぐる具体的な条文解釈・当てはめについて、政府側答弁者の回答が安定を欠くといった事態が最後まで続いたこと等、大きな問題が残るのである。

おわりに

 「強行採決」は、ただちに「違憲」や「違法」となる問題ではない。しかし、むしろそれよりも根深い問題、つまり、民主主義に基づく社会の安定という重要な課題に結びついていることを銘記すべきである。法施行までの1年、さらに議論を重ねるべきことは多い。

佐藤 信行(さとう・のぶゆき)/中央大学法科大学院教授
専門分野 公法、英米カナダ法、情報法
福島県出身。1962年生まれ。
1992年中央大学大学院法学研究科博士後期課程中途退学。博士(法学)(中央大学、2000年)。
釧路公立大学専任講師等を経て、2006年から現職。2011年から中央大学副学長。
著書(いずれも共著)には、『はじめて出会うカナダ』(2009年、有斐閣)、『要約憲法判例205』(2007年、学陽書房・編集工房球)、『Information情報教育の基礎知識』(2003年、NTT出版)等がある。