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鳥居 鉱太郎

鳥居 鉱太郎 【略歴

グローバル化の追い風として認識するべき「移民社会」という財産

鳥居 鉱太郎/中央大学経済学部准教授
専門分野 知識工学、知能情報学、スポーツ科学

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「さあ行かう一家をあげて南米へ」

 この見出しは、大正末として残る移住奨励ポスターにある呼びかけです。そこに示されているブラジルは日系人が最も多い国ですが、笠戸丸による第一回ブラジル移民(1908年)七百数十名からはじまり、ブラジルの日系人は約150万人。一方、最盛期には30万人を超えていた在日ブラジル人は、現在では20万人以下に減少しています。

 社会の構成要素として、ひと、モノ、カネ、そして情報が挙げられますが、第五の要素として、グローバリゼーションにおける「移民社会」を意識するべきだと思います。移民社会を取り込んだ仲良しグループを作って国際化を排他的に行おうということではなく、どの国家もが持つ訳ではない優れた歴史的財産を、大いに経済社会で、グローバル化のために育て活用すべきであると考えるものです。一口に移民といっても民族や移民政策の歴史など様々ですが、私のゼミで行った訪伯研修でのかかわりから話をすすめます。

グローバル化のために重要なこと

 私の専門は、大きな分類でいうと情報科学、知識工学や神経科学の分野に入ります。もともとはメインフレーム(大型汎用機)で事務処理系のシステム開発をしていましたが、ヒト脳が行う情報処理機序に興味をもって研究の道に。同じ哺乳類であるラット脳切片の電気生理実験を続けているうちに、ある意外な結論を得ました。「密なネットワークが成長の原点である」と。そして液浸顕微鏡を通して見たニューロンの世界が、生体の宿命としてそのまま人間社会・経済社会の発展にも当てはまるのではと、思いを強くしました。

 神経組織は、ネットワークを作ってこそ初めて機能しますが、近年、神経伝達は必ずしも一方向に限られないことが明らかになってきました。ネットワークにおいて情報を受ける者は同時に情報を還元することがわかってきたのです。同様に、グローバル化におけるネットワークも一方向に限られた情報伝達ではないのです。

 グローバリゼーションや国際化では、コミュニケーション能力と同じ位に重要なこととして、それまで培ってきた先達の努力の成果(地域に根ざした移民社会)を、ネットワークとして引き継ぐことであると考えています。日本に限らずどの国でも移民社会から学び、受益できるものがあるはずです。そんな思考背景から、若いゼミ学生を連れて訪伯研修に出かけています。

日系人社会は第五の要素

 ひと、モノ、カネ、情報、そのどれもが移動のための媒体を持っていますが、移民社会はこちらから出向かなければ何も分かりません。二週間ほどの行程で日本の約23倍も広いブラジルを知ることはできませんが、現地の企業、大学、日系人社会を可能な限り訪問しています。昨年は訪問順にリオデジャネイロ、サルバドール、サンパウロの3都市。

 リオデジャネイロではポルトガル語が分からずどぎまぎする10名の学生達でしたが、現地大学との合同ゼミでは、まずは気の向くまま心の交流。次第に英語でポルトガル語を教わりつつ、あとから英会話がついてきてディスカッションにまで発展しました。サンパウロでも同様で、南米でトップとされる大学の学生を相手に堂々としたものです。ついには訪問大学とソフトボールの親善試合をすることに。試合会場は日系人社会が持つ広大な運動場だったり、相手バッテリーの口から日本語が出てきたりとびっくりしました。大学の教授陣を調べてみれば、名字から明らかに日系人の教員が多いことに気づきます。このような点からも日系人社会がこの地に根ざし、評価されていることが分かります。

 研修の詳細は省きますが、帰国直後の「熱」が冷めた時期に学生の感想を聞いてみました。すると日系人社会が国や地域、さらには現地の日本企業に及ぼす影響の大きさと重要性を目の当たりにし、この第五の波をグローバル化と合わせてとらえる視野を獲得できた点がかえってきます。

グローバル化の追い風にするために必要なこと

 不毛の土地「セラード」での農業開発など、ブラジル農業への日本人移民の貢献は高く評価され、また信頼され、その勤勉さから日本の家庭学習システムが認知され広く受け入れられています。研修地のサルバドールでは、移民ではありませんが野口英世博士が一時研究を行っていた跡地を訪問。当時の同僚から語り伝えられている博士の逸話を聞きながら、地元大学の建物に掲げられた博士のレリーフを誇らしく見入ってきました。先達が築き上げてきたこうしたすばらしい財産や功績が、島国にいてグローバルを語るときにどれほど意識されているのか、寂しい状況にある気がします。

 歴史あるブラジルの日系人社会は既に三世、四世が中核となって推移し、日本語や日本文化とかかわる環境にも変化が出ています。象徴的なのがサンパウロの東洋人街。かつては日本人街と呼ばれ、大阪橋や三重県橋、大きな鳥居もありますが、溢れるほどあった日系人経営の商店は数少なくなっています。そんな光景に学生一同ショックを受ける訳ですが、波がまだあるうちに、日本のグローバリゼーションで大きな助けとなる移民社会が戦略的にも強く意識されるべきです。そのためには日伯相互のビザフリーと合わせて、第五の要素を意識した新たな留学制度等の構築が望まれます。

鳥居 鉱太郎(とりい・こうたろう)/中央大学経済学部准教授
専門分野 知識工学、知能情報学、スポーツ科学
東京都出身。1960年生まれ。1982年中央大学経済学部卒業。
1994年北陸先端科学技術大学院大学情報科学研究科博士前期課程修了。
1997年北陸先端科学技術大学院大学情報科学研究科博士後期課程修了。博士(情報科学)
北陸先端科学技術大学院大学情報科学研究科助手、松山大学経営学部講師・助教授・教授を経て2011年より現職、現在の研究課題は、知識集約的なコンテンツ利用支援システム、スポーツトレーニングに関するWebシステムの研究。