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中川 壽之

中川 壽之 【略歴

多摩キャンパスの魅力ってなんだ?

中川 壽之/中央大学法学部兼任講師、大学史編纂課嘱託
専門分野 日本近代史、明治維新史

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はじめに

 中央大学が多摩の地に根をおろしてどれぐらいの歳月が経(た)ったか、みなさん御存知だろうか。多摩キャンパスの開校は1978年のことだから、答えは今年で36年ということになる。そう聞いて「ふ~ん。」と思うだけかもしれないし、「え~!もう、そんなになるんだ。」と改めて実感する人もいるだろう。

駿河台は遠くなりにけり

 私がなぜこんな問いかけをするかと言えば、常日ごろ多摩キャンパス内にある大学史編纂課という職場で本学に関わる様々な資料の調査収集・整理に携わる一方、法学部の「中央大学と近現代の日本」という総合講座で授業を受け持っているからである。

 この講座は2004年度に開講し、中央大学が1885年に創立されてから1985年に創立100周年を迎えるまでの100年間を主な対象として、その歩みを近現代日本の歴史過程と関連づけて総合的に理解してもらうことを目標に、専任・兼任合わせて8人の講師が春学期(講座1)と秋学期(同2)、リレー方式で授業を行っている。

 私は、その中で多摩移転前後の話を担当している。秋学期も終盤の授業だ。去年の授業の折、30名ほどの受講生に「多摩に来る前、中大はどこにあったっけ?」と何気なく尋ねてみた。学生は一様にキョトンとした顔をしている。大半の学生は「春学期から受講してくれているはずだが。」と思いつつ、そこはスルーしてちょっと頭をめぐらせた。

 そこで、はたと気付いたのは、当たり前のことだが、彼らが通ってくる中大は生まれる前から多摩に在ったということだ。そして、彼らの親も、ひょっとしたらこの地で学び巣立ったかもしれないということだった。いま多摩に学ぶ学生が、かつて中央大学が存在していた東京都心の一角、千代田区神田駿河台を同時代史的に認識するとすれば、それはおじいさんやおばあさんの時代のことであるという事実だった。

駿河台から多摩へ

 前述したように多摩キャンパス開校は1978年のことであるが、その起源を辿っていくと多摩校地を最初に取得した1960年にまで溯る。八王子市東中野が南多摩郡由木村と呼ばれていた頃だ。

 戦後、大学設置基準が定められて教育・研究環境の改善が求められるようになる。狭隘(きょうあい)な駿河台キャンパスを本拠としていた中大は、現在の後楽園キャンパスの敷地を購入するなどして改善に努めていたが、それでも吉祥寺に野球場、練馬に運動場そして阿佐ヶ谷にプールが点在する状況にあった。

 多摩校地の施設計画は、じつは当初大学設置基準に沿って体育施設の集中と教養課程を移転し充実を図るという構想に基づいたものであった。広々とした校地に運動場とは別に陸上、野球、サッカー、ラグビー、テニス等の競技場と教養課程の校舎・研究室等が設けられ、専門教育は駿河台で行うというのが基本であった。その後、施設計画は1973年の石油危機の影響もあって二転三転し、本学は54年に及ぶ歴史を刻んだ駿河台の地から法・経済・商・文の文系4学部(昼・夜間部)が多摩へと全面移転するに至ったのである。一つ二つの学部が移転した話はよく耳にするが、東京圏の私学の中で都心キャンパス丸ごとの郊外移転という離れ業を先駆的に演じたのは後にも先にも中央大学のみである。

 1977年、多摩校舎の完成を待ってそのお披露目を兼ねて創立90周年記念式典が、多摩キャンパスで盛大に挙行された。当時、新天地の多摩において言われたことは、全学挙げての移転は「百年の大計」であると。

多摩キャンパスの魅力

 さて、話を去年の講義に戻そう。担当時間の1回目に「多摩キャンパスの魅力とは何か?」というアンケートを受講生諸君にお願いした。その回答は様々で興味深いものであったが、圧倒的に多かったのは多摩キャンパスの豊かな自然環境に言及したものだった。「やっぱりそうか。」「それしかないよね。」と思われるかもしれない。だが、図書館の4階から見る緑豊かな景色が勉強の疲れを癒してくれること、突き抜けるような青空の広がりが何とも心地よいこと、四季の移ろいに心和むこと、高層化する都心の大学とは一味も二味も違った多摩キャンパスならではの恩恵に浴していることを学生たちは肌身に感じ取っていたのだ。

 多摩キャンパスの最大の魅力はこの体感だ!この体感がなぜ魅力的なのか。それは、居ながらにして自己の身体感覚を向上させることにつながるからだ。このキャンパス自体が知らず知らずのうちに五感を鍛えてくれる得難いパワースポットで、学生のコミュニケーション能力を高め、彼らの絆を強める場なのだ。

おわりに

 もうすぐ学生が主体となった中大恒例の一大イベント、白門祭がやってくる。聞けば、ここ数年、来場者は5万とも6万人ともいうではないか。その企画力と集客力のすごさは、中大生のエネルギーとパワー、そしてコミュニケーション力の賜物だ。

 これはほんの一例に過ぎないが、その源は、多摩キャンパスの懐の深さにあると思う。そう言えば、1985年の創立100周年のキャッチコピーは「知にはスケール。」だった。

 中央大学は、これから先も東京という舞台でこの多摩の地にしっかりと根を張りながら地域の知的文化的な活動の核となり、その歩みを進めていくと、私はそう信じている。

中川 壽之(なかがわ・としゆき)/中央大学法学部兼任講師、大学史編纂課嘱託
専門分野 日本近代史、明治維新史
福岡県出身。1957年生まれ。
1981年中央大学文学部史学科国史学専攻卒業。
1984年中央大学大学院文学研究科博士前期課程国史学専攻修了。
1987年中央大学大学院文学研究科博士後期課程国史学専攻単位取得退学。
大学院時代から本学100年史編纂事業に関わる。中央大学創立125周年記念展示の企画を担当。現在、2013年度科研費助成事業基盤研究(C)「民法典論争期前後における私立法学系教育機関の連携と対抗の実態に関する研究」に参加し、明大・専大・日大のメンバーとともに調査研究を進めている。国士舘大学非常勤講師。日本学術会議協力学術研究団体明治維新史学会監事。