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結城 祥

結城 祥 【略歴

学生の戦略と企業の戦略

結城 祥/中央大学商学部准教授
専門分野 マーケティング論、流通論

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1. 学生によるビジネス・プランや戦略の策定

 大学生がマーケティング戦略を策定し披露する機会は少なくない。たとえば授業では、学んだ理論の定着と応用力強化のために、教員が学生に戦略提案を求めることがある。また将来起業を目指す学生は、学内外で開催されているビジネス・コンペティションに応募することで、自分が温めているビジネス・プランを実務家や大学教員に評価してもらうことも可能だ。

 さて、マーケティング教員である私も、これまでに多数の報告を見てきたが、学生が立てるプランや戦略には、共通する2つの問題が潜んでいるように思われる。

2. 情報技術でビジネス・プランや戦略を立てたがる学生たち

 第1は、情報技術を安易に「ビジネスの心臓部」に位置づけようとする点である。無数の売手と買手の出会いをウェブ上で仲介するプラットフォーム・ビジネスや、多数の人間が閲覧しそうなウェブサイトを立ち上げ、企業から広告掲載料を得るというプランがその典型例だ。無論、ウェブを利用したビジネスそれ自体が問題なのではない。ターゲット顧客が誰なのかも、そのニーズが何なのかも深く検討することなく、本来はビジネスの支援・実現ツールに過ぎない情報技術を基点に (つまり情報技術ありきで) ビジネスを考案しようとする本末転倒な姿勢が問題なのである。

 第2は、学生による報告の多くがパッケージとしてのまとまりに欠け、戦略の全体像が見えにくい点である。そして、その原因の1つはスライド (パワーポイント等) の使用方法にあると思われる。そもそも戦略は「現状と目標のギャップを埋めるシナリオ」を意味するから、その策定においては「AならばBになるはずだ。そしてBならばCになるはずだ。したがって・・・」という因果的推論を駆使することになる。しかし文章ならば接続詞、図式ならば矢印に対応する因果の流れや連鎖は、十分に意識しない限りスライド上には現れてこない。というのもスライドを用いたプレゼンテーションは、「今のスライドを消して次のスライドを映す」という切り替え作業なくしては前に進まず、そのデジタル的な性格ゆえに、スライド間の結びつきが簡単に希薄化してしまうからである。もちろん、この問題が単にプレゼンテーション・スキルの未熟さに由来するのであれば、目くじらを立てる必要はない。しかし戦略策定時の思考回路までもが「デジタル化」しているとすれば、それは深刻な問題である。

 以下では、セブン-イレブン・ジャパンの事業システムを題材としつつ、情報技術あるいはデジタルの世界にどっぷり漬かっている学生たちに向けて、1つの毒消しを提供しようと思う。

3. セブン-イレブンの事業システム

 周知のとおり、セブン-イレブンはわが国最大手のコンビニ・チェーンである。その平均日販 (1店舗1日当たりの平均売上高) は66万円であり、主要ライバルよりも10万円以上高い[1]。セブン-イレブンはなぜ、ライバルよりも効率的に売上を稼ぐことができるのだろうか。

 「セブン-イレブンのビジネスは情報システムで成り立っていると、よく言われますが、少し誤解があります。・・・そもそも最初に情報システムを導入したのは、大量の集計業務を効率化するためでした。・・・次第に集計データが、店頭で何が売れるのかという仮説を検証する材料として使えることが分かってきたのです。売れた商品をシステムで補充発注するということではなく、自分たちがいいだろうと思って投入した商品が、実際に売れたのかどうかを確かめるという意味です。」[2]

 上記の鈴木敏文氏 (同社代表取締役会長兼CEO) の発言からは、「こういう理由で、この製品が、これだけ売れるはずだ」という「事前の読み」の正誤チェック手段として、情報技術が利用されていることが読み取れる。またセブン-イレブンでは、経験の浅いアルバイト店員でも簡単に仮説検証を行えるように情報端末の高度化を進めてきたが[3]、これもやはり、品揃えの改善を支援するための手段として捉えるべきであろう。

 加えて、同社の本部には加盟店の発注業務を支援する指導員がおり、ある店舗で発見された有用な仮説 (こういう時に、こういう製品が、こういう理由で良く売れるという読み) が、指導員相互の情報交換を通じて、別エリアの店舗にも伝達されているという。つまり同社のチェーン店は、日々繰り返される一種の販売実験から得たノウハウを、加盟店全体で共有・蓄積・更新しているのである[4]

 このように、セブン-イレブンの高い競争力は「各店舗での仮説検証の徹底」と「店舗間でのノウハウの共有・蓄積・更新」に支えられているものと解釈できるが、その過程で鍛えられる情報分析力と販売力が、同社の品揃え力を更に強化している側面もある。たとえば今日では、多くのコンビニ・チェーンが大手メーカーとの新製品共同開発を行っているが、セブン-イレブンはその高い販売力を背景に、大手メーカーの優れた経営資源を最優先の形で配分してもらうことができ、それが競合チェーンよりも魅力的な製品ラインナップの実現に貢献している[5]。また、店頭で良く目にする季節限定商品は一般に需要予測が難しいものの、高度な情報分析力を備えるセブン-イレブンは、発売初日の売上データから今後の売れ行きや在庫動向を予測し、品薄になりそうな製品を確保したり、またそうした予測をメーカーに伝達することで、メーカーからの信頼も獲得できたりしているという[6]

4. デジタルよりもアナログ?

 セブン-イレブンの事業システムから引き出せるインプリケーションは2つある。第1は、情報技術はあくまで店舗での仮説検証を支える手段として位置づけられている点である。新たなビジネスを考案しようとしている学生には、まずこの点、つまり情報技術の利用方法に関して、目的と手段の関係をはき違えないことの重要性を理解して頂きたい。

 そして第2の示唆は、同社の競争力が諸要素間の複雑な結びつきと好循環から生まれている点にある。具体的に述べると、同社の高い販売力は「仮説検証の徹底⇒店舗でのノウハウ発見⇒指導員を媒介した店舗間でのノウハウ共有⇒共有ノウハウの試行⇒ノウハウの修正⇒・・・」という絶えざる知識更新サイクルの上に成り立っている。またその派生効果として、「高い販売力⇒メーカーからの協力・信頼確保⇒魅力的な新製品の開発や売れ筋商品の確保⇒高い販売力⇒・・・」という好循環も実現している。

 戦略あるいはビジネスを構成している諸要素間の結びつきを意識しない「デジタル的な思考法」では、優れた戦略を策定することは困難であるように思われる。まずは全体像を描き、その1枚の絵の中で、諸要素間の因果関係の連鎖がどう進んでいくのかを連続的・鳥瞰図的に追っていく。世の中が複雑になるほど、そんな思考法の重要性が、ますます高まっていくのではないだろうか。

  1. ^ 日経MJ (流通新聞) 編 (2015)、『流通・消費2015 勝者の法則』、日本経済新聞出版社。
  2. ^ 『日経コンピュータ』、2006年5月29日号、pp.58-61、「インタビュー: 巧緻なシステムはいらない 作り過ぎを防ぐのがトップの仕事: 鈴木敏文氏 セブン&アイ・ホールディングス 代表取締役会長兼CEO (最高経営責任者)」。
  3. ^ 同上、pp.48-51、「特集1 セブンイレブンの研究 店舗システム編 仮説検証型業務に店員を誘導 カンや経験に頼らず発注の精度を高める」。
  4. ^ 小川進 (2000)、『ディマンド・チェーン経営』、日本経済新聞社。
  5. ^ 小川進 (2006)、『競争的共創論』、白桃書房。
  6. ^ 小川進 (2000)、『ディマンド・チェーン経営』、日本経済新聞社。
結城 祥(ゆうき・しょう) /中央大学商学部准教授
専門分野 マーケティング論、流通論
1980年 山形県に生まれる。2004年 慶應義塾大学商学部卒業。
2009年 慶應義塾大学大学院商学研究科 博士課程単位取得満期退学。
2012年 博士 (商学) (慶應義塾大学)。
立命館大学政策科学部准教授を経て、2011年より現職。
著書:『マーケティング・チャネル管理と組織成果』、千倉書房、2014年。
主要論文:「販路開拓と同調獲得 ― 学習理論に基づく製造業者のチャネル行動の実証分析 ―」、『流通研究』(日本商業学会)、第14巻特別号、2012年。