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大杉 謙一

大杉 謙一 【略歴

他人事(ひとごと)ではない、コーポレート・ガバナンス

大杉 謙一/中央大学法科大学院教授
専門分野 商法、会社法、金融商品取引法

本稿は、JSPS科研費15K03220の助成を受けたものです。(広報室)

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1.はじめに

 コーポレート・ガバナンス(企業統治)の議論は、つい最近までは一部の学者や上場企業のIR担当者にしか関係がなかった。しかし、政府は、アベノミクスの一環として企業統治の改善を掲げたために、企業統治は上場会社およびその役員にとって無視できない、広がりのあるテーマとなった。具体的には、政府の方針を受けて、金融庁・東京証券取引所などが、2014年2月には「スチュワードシップ・コードnew window」を、2015年6月には「コーポレートガバナンス・コードnew window」を策定し、上場会社および機関投資家はこれらの行動規範への対応を迫られることになったのである。

 ここではこれらのコードの内容を詳しく説明することはしないが、ごく大まかにいうと、上場会社は独立性の高い社外取締役を複数置いて、経営者をきちんと監視させるように努めるべきであるし、機関投資家(年金基金や保険会社など)は投資先企業と対話をして、その企業統治の向上を促すべきである、ということである。このような考え方は、10年ほど前から一部の論者によって指摘されてきたものであるが、比較的最近までは「大きなお世話」として顧みられることがなかったものである。ところが、そのような「欧米かぶれ」の意見が政府の方針として採用されたため、今年(2015年)の6月総会を1つの山場として、上場会社の間では空前のガバナンス・ブームが生じている。

 もっとも、「ブーム」とはいっても、それは自発的に政府の方針に従うというものではなく、各社担当者の内心の葛藤を孕むものという印象を筆者は受けている。本稿は、この「葛藤」を解きほぐし、日本企業の未来をより明るいものにしようとするものである。

2.日本企業は特殊か?

 欧米でも企業の不祥事は少なくないが、それを受けて、企業活動の適法性と収益性を高めるための仕組みとして、「モニタリング・モデル」が提唱され、これが定着・発展してきた。モニタリング・モデルとは、取締役会の役割は意思決定にあるのではなく、経営者の監督にあると考え、具体的には社外取締役が経営者の業績を評価し、その結果を経営者の選抜や報酬に反映させるという仕組みである。このような考え方は、1970年代の後半にアメリカで誕生したが、その後ヨーロッパの西側諸国に広がり、現在では日本を除くアジア諸国でもそれなりには受け入れられている。ところが、この考え方は、日本の企業人には刺さらなかった(実感をもって納得されることがなかった)。なぜだろうか。

 筆者はこの点につき、(1)日本企業がこれまで人事制度を通じた経営者の養成・選抜がうまく機能していて、社外取締役に頼らなくても経営トップをうまくけん制することができていた、(2)転職市場が未発達の日本では、企業が内向きになってしまうことから、社外取締役を招いてもそれをうまく生かすことが難しい(社外取締役が実際に役に立つというイメージを描くことができない)、という2点に起因するのではないかと考えている。

 具体的には、日本の大企業では、社員のほとんどは新卒一括採用で入社し、ローテーション人事で多くの職場を経験しながら徐々に技能を高め、ゆっくりと昇進する。転職者が少ないため、メンバーは固定的である。そのため、社員はチームとして利害を共通にする。従業員の利益・やりがいの最大化と、企業価値の最大化は、大まかには一致する。そこから、社員は相互に協力し、相互に監視し合うインセンティブを持つ。このような仕組みは、経営上層部においてもある程度機能し、部長以上の役員層での相互チェックが社長を牽制することができていたと考えられる。このような(1)のメカニズムを、「下からのガバナンス」と呼ぶことにしよう。

 同時に、日本社会には共有された「聖典」が欠けているという特徴もある。欧米では、大学の学部では教養(例えば人文知)が、大学院では実践知が提供されるが、その内容はある程度標準化されていて、授業ではそれを使って未知の問題を分析することが学生に求められる。つまり、「知」は標準化され、共有されているが、具体的な問題に当てはめたときの結論は人によって異なる。だからこそ、分析枠組みを共有しつつ、議論を戦わせることが重視される。翻って、日本の大学(学部・大学院)の文系分野で、そのようなことが行われているだろうか。残念ながら、ノーである。

 そのため、企業が直面する問題への解決力は、わが国では主としてOJT(職場内訓練)によって養成される。そのような「知」は企業横断的には共有されていないから、各企業で「方言」が生まれる。大規模多角化企業では、事業部門ごとに「言語」が異なることも生じる。

 このような状況で、社外取締役が取締役会に参加したところで、社内の経営陣とは言語(分析枠組み)を共有できていないから、なかなか活躍が難しい。もちろん、会社により状況は異なるが、以上が伝統的な日本企業の特徴であったと推測できる。

3.今後の見通し

 先に述べた日本企業の特徴は、短時間で変わるものではない。しかし、企業の多角化、従業員の多様化、経済・文化の成熟などの変化によって、「下からのガバナンス」は次第に機能しなくなってきている。

 いま日本の上場企業がなすべきことは、社外取締役を置くことではなく、活用することである。その要点は、経営トップに対する健全なけん制機能を確保することにある。そのためには、取締役会のメンバーが、取締役であれ監査役であれ、内部者であれ社外者であれ、知見を共有し、緊張感のある協調関係を築くことが必要である。

 外来のモニタリング・モデルの外形を模倣することは、必ずしも各企業にとっては得策でないかもしれない。しかし、社外者を含む取締役会を健全に機能させることは絶対に必要である。そのための具体的な方策として、社内者・社外者が同席して双方向的な研修を受ける機会を設けることや、「取締役会評価」[1]を実施することなどが有力である。そして、トップを牽制するためには、社内の「権力分立」を確立しなければならない。

  1. ^ 「取締役会は、取締役会全体としての実効性に関する分析・評価を行うことなどにより、その機能の向上を図るべきである」(コーポレートガバナンス・コード原則4-11より)。
大杉 謙一(おおすぎ・けんいち)/中央大学法科大学院教授
専門分野 商法、会社法、金融商品取引法
1967年生まれ。兵庫県出身。1990年東京大学法学部卒業。東京大学助手、東京都立大学(現・首都大学東京)助教授を経て、2004年より現職。
会社法の現代的問題、たとえばベンチャー企業、事業再生、企業買収(M&A)、コーポレート・ガバナンスに関する研究を行っている。著書・論文に、『会社法 第2版』(伊藤靖史・田中亘・松井秀征との共著。有斐閣、2011年)、「会社法と金融規制その他の業規制との関係」法律時報82巻12号(2010年)、”Recent Reform of Japan’s Corporate Law in an International Context: Who have Participated in the Reforms, and How?” in Japanese Yearbook of International Law Vol. 53 (2010) などがある。