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庄司 一郎

庄司 一郎【略歴

レーザーポインターは正しく活用を

― 航空機へのレーザー光照射事件についての私見 ―

庄司 一郎/中央大学理工学部教授
専門分野 レーザー、非線形光学

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2015年の被害件数は過去最多

 2015年10月17日夜、大阪国際(伊丹)空港に着陸しようとして高度300メートルまで降下した旅客機の操縦席の窓に、レーザーとみられる緑色の光が照射されたという事件が11月になって報道されました。また、12月には、米軍普天間飛行場周辺の上空を飛行していた米軍機に対しレーザー光を照射したとして、威力業務妨害の疑いで逮捕者が出ました。航空機へレーザー光を照射した事件で立件されるのは全国初とのことです。

 実はこのような事件は昨年になって初めて起きたわけではなく、国土交通省が2010年に統計を取り始めて以降、6年間で合計161件に達しています。ただし、昨年大きく報道されたことで模倣犯が増えた可能性があり、昨年1年間の被害は47件で過去最多となりました。

 幸いにして、今のところ航空機の運行やパイロットの人体への直接の影響は報告されていないようですが、後述のように、一歩間違えば重大な事故につながりかねず、このような行為は決して許されるものではありません。それでは、何故このような事件が起こるのでしょう。そもそも、ここで使われたレーザーとは、一体どういうものなのでしょうか。

レーザーとは何か

 まず、これらの事件で何故レーザー光が使われたかについてですが、それは、例えば懐中電灯のような、レーザー以外の光を発するものを使って上空数百メートルを飛ぶ航空機に光を照射するのはほぼ不可能だからです。それだけレーザー光は特殊であり、世の中に存在する光は“レーザーの光”と“レーザー以外の光”との2つに大別されると言ってもよいくらいです。

 レーザーは1960年に初めて作られた人工的な光です。動作原理については割愛しますが、レーザー光は次の3つの大きな特徴を持っています:(i)指向性が高い(ii)単色性が高い(iii)光強度が大きい。

 (i)は、細いビームのまま遠くまでまっすぐに進むことができるという意味です。メジャーリーガーのイチロー選手の投げた球がレーザービームのようだと形容されたのは、山なりではなく糸をひくような直線的な軌道であることを示したものです。(ii)は、レーザー光には通常ひとつの色(専門用語では波長)しか含まれていないという意味です。例えば、赤色レーザーの光は赤色だけで、青や緑の成分は含まれていません。(iii)はパワー密度とも言いますが、小さい面積にエネルギーが集中して存在するということを意味します。

 一方、太陽などの自然光や電球、蛍光灯などの光は、レーザーとほとんど正反対の性質を示します。それらの光はすぐに広がってしまいますし、通常はすべての色を連続的に含んでいます。また、光を無理に小さく絞ってもすぐに広がってしまうので、強度を大きくするにも限界があります。

 このような、レーザーに特有の優れた性質をいかして作られた製品のひとつがレーザーポインターです。レーザーポインターは教室や会議室などで、スライドを使ったプレゼンテーションを行う際に広く用いられています。スライドの中で自分が現在説明している箇所を、赤色または緑色のレーザー光をピンポイントで明るく照射することによって指し示すことができます。これは、レーザーだからこそなせる技なのです。

出力によるレーザーの分類と法規制

下から順に、国内で市販されているレーザーポインター、国内基準の約50倍、1500倍の出力を持つレーザーポインター。

 現在、レーザーは工業、医療、情報通信など様々な分野で広く使われています。特に、産業用途で用いられるレーザーは、鉄を溶かしたり切断したりすることもできるほど強力です。したがって、レーザー装置を適切に使用するための安全基準がJISで定められており、出力によって大きく4段階に分類されています。その中で、国内で市販されているレーザーポインターは下から2番目のクラス2に相当し、万一、レーザー光が瞬間的に眼に入ったとしても網膜が傷つかないレベル(出力1mW以下)に設定されています。

 ところが最近、クラス2の基準の数十倍から数千倍の出力を持つレーザーポインターが海外で製造されるようになりました。写真1は下から順に、クラス2の基準を満たすもの、基準の約50倍の出力のもの、基準の約1500倍の出力のものです。出力が大きくなるにしたがいサイズも多少は大きくなりますが、乾電池で動作しますし携帯が十分可能です。私が実験室で試したところ、基準の約1500倍の出力のレーザーポインターは、黒い紙や黒いTシャツに光を照射すると、光が吸収され発熱することによって、煙を出して燃えてしまいました。

 このような基準を超えるレーザーポインターは、消費生活用製品安全法により、国内での販売が禁止されています。しかしながら、海外で購入して国内に持ち込んだり、海外の通販サイトを通じて直輸入することについては今のところ規制がなく、事実上だれでも入手できる状況にあります。

レーザーポインターの光はどこまで届く?

100 m離れた的に緑色のレーザーポインターの光が当っているようす。

 それでは、レーザーポインターの光は本当に高度数百メートルを飛ぶ航空機まで届くのでしょうか。ここで言う「届く」とは、対象物に当たっているのが人間の眼で見えることを意味するとしましょう。

 前述のように、レーザー光は指向性が高いのが特徴ですが、それでも進むにしたがって少しずつビームが太くなり広がっていきます。写真2は、100m離れたところに基準を満たすレーザーポインターの光が照射されているようすです。緑色に光っているのがわかりますが、レーザーポインターを出た直後は直径2mm程度であったものが、ここでは10cm程度にまで大きくなっています。ビームが大きくなった分、エネルギーの密度は薄まりますので、近くに当てたときよりも見た目には暗くなります。対象物が遠くなるほど光はどんどん暗くなり、私が実験したかぎりでは300mが眼に見える限界で、的に当てるのがかなり困難でした。

 今回の一連の事件では、対象物である航空機が動いているにもかかわらず300m程度離れた操縦席の窓に照射できたということから、基準を上回る高出力のレーザーポインターが使われた可能性が高いと私は考えています。実際、基準の50倍の出力を持つレーザーポインターを用いたところ、300m離れた的でもかなり楽に照射することができました。また、台に固定して調整すれば、700m離れた的にさえも届くことを確認しました。

イタズラではすまされない

 レーザーポインターはプレゼンテーションを効果的に行うことを目的として開発されたものです。その用途で使う分には、基準の出力で十分です。ところが、技術の進歩でサイズはそれほど違わずに出力が桁違いに大きいものが作られるようになってしまいました。日常生活でそのようなオーバースペックのものを持っていても使いみちがありませんが、もし手にしたときに、やはりどこまで届くかを試したくなってしまうのではないでしょうか。その対象として、空を飛ぶ航空機が狙われるのだと思われます。

 多くはイタズラのつもりで行っているのでしょうが、高出力のレーザーが照射された場合、たとえエネルギーが薄まったとしても、パイロットの眼に入ればまぶしくて眼を開けていられなくなったり、網膜が損傷を受けたりすることも考えられます。それが原因で操縦に支障が出て、事故につながる危険性も否定できません。また、窓に照射されているのを見るだけでも、パイロットは相当な心理的負担を感じると聞きます。

 まず、このような行為は厳に慎むべきです。また、根本的には高出力なレーザーポインターを持たないことが重要です。そのためには今後、所持することに対する法的な規制も検討する必要があると考えられます。

 レーザーは現代の社会で無くてはならない便利な道具です。正しい知識を持って、適切に使用してほしいと切に願う次第です。

庄司 一郎(しょうじ・いちろう)/中央大学理工学部教授
専門分野 レーザー、非線形光学
北海道室蘭市出身。1969年生まれ。1992年東京大学工学部物理工学科卒業。1994年東京大学大学院工学系研究科物理工学専攻修士課程修了。1995年東京大学大学院工学系研究科物理工学専攻博士課程中退。
博士(工学、東京大学)
東京大学助手、分子科学研究所助手を経て、2004年に中央大学着任。専任講師、准教授を経て、2010年より現職。
独自技術によるレーザー材料の精密評価と高性能小型固体レーザーの研究、開発に従事。