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藤井 輝明さん

藤井 輝明さん 【略歴

この顔でよかった

藤井 輝明さん/医学博士

 我慢した、もう一度がまんした、考え直してまたガマンした。

 顔の右半分が病気のために大きく腫れている。「海綿状血管腫」という病名で2歳ごろ発症した。それがために幼い時から激しいイジメに遭った。就職活動では50社から不合格を突き付けられた。強烈な体験をもつ藤井輝明氏は中央大学卒業後、曲折の末、41歳で名古屋大学大学院博士課程修了。今は「この顔でよかった」とすべてに感謝し、全国の幼稚園・保育園や小学校などを巡ってイジメ撲滅などを呼び掛けている。

●母親の教え

 幼児にも分かりやすいように自身の半生を絵本にした。『てるちゃんのかお』(文・藤井輝明、絵・亀澤裕也=金の星社)。中学の道徳『心つないで』では、「あなたは顔で差別をしますか」(教育出版)とやはり顔がテーマになっている。『この顔でよかった』(ダイヤモンド社)、『笑う顔には福来る』(NHK出版)、『運命の顔』(草思社)…著書タイトルには顔が入る。

 避けては通れない。幼いころから病や周囲と闘う日々。藤井先生の両親は全国の大きな病院を100以上回った。しかし効果的な治療法は見つからず、顔の膨らみは体の成長とともに大きくなっていく。人に感染することはないのだが、「うつるよ、うつったらどうする」と児童の親たちからも攻撃された。

 理不尽なイジメが続く。心が折れそうになる。口数が少なくなっていく息子を見ていた母親は、苦難を乗り越え自信をつけさせようとバイオリンを習わせた。母親も同じように生徒になった。ある日、藤井少年は驚いた。ギーギーとしか鳴らなかった母のバイオリンからきれいな音が奏でられている。努力する大切さ。努力は実を結ぶ。成果が出た時の喜び。母はいくつものことを教えてくれた。

 「てるちゃん、かおのことで心をいっぱいにしてはダメよ」「今度はスイミングプールに行こうね」母は泳げなかったが、バイオリン学習と同じようにこつこつと練習を続けた。毎日の積み重ねが大切と知った藤井少年は小学6年で10kmを泳げるようになった。

●中大でも授業

 全国の子供たちにこうした話を聞かせている。こぶがあってもそのままでいい、それは個性だ。「私をじろじろ見る人にも笑顔でおじぎをします。笑顔は相手のとげとげしい目を優しくしてくれます」

 中央大学文学部では、1年生を対象にした「初年次教育の一環としての授業」を続けていて、今年は初めて藤井先生を招いた。講座のタイトルは『大学生と人権』。5月に行われ、11月にも予定されている。

 大規模教室での授業では自らの就職活動を話した。中大経済学部に通っていたころ、当時の戸田修三学長に突然声をかけられた。「顔のことで大変だろうが、社会で通用するためにも一生懸命に勉強しなさい。優の数が多ければ努力した証になる。勉学に励んで優をたくさん取りなさい」

 学業優秀で学長推薦状を得たが、入社志望の金融機関からは「バケモノ」と言われた。「約50社からノーと突き放されました。しかし、それがね、よかったんですよ」。

 気分転換で出かけた講演会で臨床医学の先生に出会い、その縁で都内の病院に勤務した。仕事は、看護学校に入学希望の女子高生や准看護婦・国家試験に備える看護学生らに指導をすること。周囲からさらに勉強して看護・福祉の先生になりなさい、と勧められた。28歳、仕事が面白くなっていた、職場の居心地もよく、去就で迷った。

●社会の評価が高まった

 「学歴が上がると人の見る目が違うから、修士、行けるなら博士まで行きなさい」またしても母親が背中を押してくれた。母は看護師と助産師の学校を卒業し、働いて学費を貯め、保健師と養護教諭の学校に通った。

 千葉県立衛生短期大学入学。さらに筑波大学大学院修士課程へ。その後に名古屋大学医学部大学院の門をたたき、卒業後博士号を取得した。医学部出身者以外で大学院への進学は当時珍しかった。子供のころに始めたバイオリン学習から黙々と続けた猛勉強の賜物だった。

 「あの時、金融機関に入社していたら医学への道は開けなかった。私のように22歳、23歳から医学の勉強をしても遅いということはありません」

 「回り道をしても、40歳からだって決して遅くはありません。夢を持ち続けることが大事。夢を持っている人だけが夢を実現できるのです」

●かつてのイジメっ子が

 とつとつと語る自らの半生。こうして話せるには数々の曲折があり、両親の深い愛情があった。

 藤井先生はかつてのイジメっ子と和解した。「今ではね、肝胆相照らす仲ですよ。私の理解者になってくれている。本を出版したら、連絡が来ました」。小学1年、藤井少年をイジメていた彼らは「算数や国語が分からなくて学校が嫌だった。勉強のできる藤井がうらやましかった」と打ち明けたという。

 「ずっと糾弾しているようでは不幸です。私はきょうも笑顔でおじぎをします。自分も相手も優しくなりたいから」

 笑顔の裏に隠された壮絶な半生。言葉に重みがある。

藤井 輝明(ふじい・てるあき)さん
中央大学経済学部卒業。55歳、東京都出身。名古屋大学大学院博士課程終了後、熊本大学医学部教授などを歴任。医学博士、看護師、行政書士。日本赤十字社水上安全法救助員、全日本スキー連盟1級指導員。ハンセン病患者が生活する国立療養所で看護部の研修指導にもあたる。