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室橋 東洋さん

室橋 東洋さん【略歴

元気でスピード感のある企業をめざす

室橋 東洋さん/唯栢有限公司(The Well Pacific Worldwide Ltd.)
Sr. Manager Sales & Marketing 勤務

売り手市場のバブル期に留学。
帰国後戻れば就職氷河期

 今思えば信じられないかもしれないが、卒業当時はちょうどバブル期で、売り手市場だった。中大を出ていればどんな大手企業にでも就職できるような時代。普通に就職するのがもったいないと思った。英語がしゃべれるようになりたかった。卒業後、ワシントン州スポケーンの英語学校に行き、日本人がいない中で英語を学び、ニュージャージーのフェアリーディキンソン大学(FDU)の大学院に進学し、MBAを取得した。

 卒業後は、日本の企業にまずは就職しようと思い、帰国したが、その時は既にバブルがはじけており、いきなり就職冬の時代――年齢も25歳になっていた。25歳の新卒を当時、どの企業も雇ってくれず、唯一受かった会社が、通信機器メーカーのユニデン株式会社だった。

10ヶ月のトレーニング後、すぐに海外駐在

 ユニデンは面白い会社で、本社は日本にあったものの、仕事のほとんどはアメリカで展開されていた。会長も斬新な方で、「海外要員しか必要ない」ということで、年齢も関係なく雇ってくれた。通常新卒で入って5、6年経験を積んで海外駐在となるところを、10ヶ月のトレーニング後すぐにアメリカに駐在させてくれた。

 実は、このユニデンの仕事が今の仕事につながっている。仕事内容は、通信機のOEM営業(Original Equipment Manufacturerの略で他社ブランドの製品を開発製造すること)。SONYや東芝などの有名ブランドのコードレス電話は、ユニデンが下請けで全部作っており、自分はその営業をやっていた。今や世界的に携帯電話の需要ばかりだが、当時はコードレス電話のアメリカ市場だけでも600億円以上の販売をしていた。

更なる転職――“現場主義”を貫く

 その後、あくまで“現場”を追求し、本社がアメリカにあるコブラエレクトロニクスという、トラックや乗用車で使用する無線機に特化した会社に転職した。この会社は、自社ブランドの販売チャンネルは持っているが、製造ラインを持っていなかった。転職した2000年は、ちょうど日系大手企業の製造拠点が台湾やフィリピンから中国に移り始めた時代。コブラのジョブディスクリプションは初めから香港であり、仕事は、香港を拠点にアジアの工場を訪問して製品の買い付けを行うことだった。(プロダクトソーシングという)。当時の中国には、日系の工場がどんどん入って来ていたがコストが高い。そこで、中国人がコスト安で、自分たちで工場を始めようとするが、クオリティーが追い付かない。我々はそこをサポートしながら、顧客の立場から彼らの工場の質を高める環境づくりに貢献した。クオリティーが上がれば、彼らの財産にもなり、我々も安定した製品の供給を受ける事ができる。――非常にやり甲斐のある仕事だった。

独立・起業――ベトナム事業のIPOは香港

まだ荷造りされたままの段ボールが並ぶ事務所

 そして現在。ご覧の通り、事務所は引っ越し騒ぎでゴタゴタ。とてもまだ事務所の体をなしていないが、あと二週間もすれば、立派な会社になる。このスピード感が日本になくて、香港にあるもの。友人がやっている会社に興味を持ち、これにジョインした。自分には今までのノウハウがある。工場も熟知しているし、買い付けに行っていたので、中国以外に台湾やベトナムにも詳しい。今まで中国に任せていた部分も、労働力や原価の高騰に伴ってチャイナリスクが発生し、リスクの分散が必要になってきている。今、一番インフラ整備に力を入れているのがベトナム。今までベトナムは輸入品に依存してきたが、政府主体のOEMの工場――アメリカにコントロールされない、“メードイン・ベトナム”を作りたがっている。新しく起ち上げる会社は、そこに着眼した。ノウハウは香港に、自分には日本、米国の営業チャンネルと製造工場を選択するノウハウがある。タイアップしてやろう、ということで、ゼロから始めた新しいプロジェクトが去年の末から始まっている。

 ベトナムはとても親日であり、ベトナム人も日本のことを勉強したがっている。例えばベトナム人IT系技術者などは、この知識に日本語が加わると、ぐっと日本企業向けのアウトソーシングがしやすくなる。またベトナムは共産圏であり、難しいことも多いので、規制が少なく、法人税が安く、自由度の高い香港を足場とするのがベスト。香港はそこが魅力。ベトナム事業のIPO(International Purchasing Office)は、ここ、香港に決定した。

クロスマーケティングで仕事を生み出す

 香港人には、「この業界にいたからこの仕事以外はできない」という感覚がない。むしろバーティカルな横のつながりで仕事を生み出す。日本の場合は終身雇用に拘らなくても、転職する際に同じ業界でやる場合が多いが、そこは香港と異なる。もちろん、受け入れ側にもメリットがある。自分たちのクライアントが別なものを欲しいといえば、それを手に入れるチャンネルは持っているので、それを調達して売る。クロスマーケティングの感覚。友人は今、台湾に出張しているが、ベトナムプロジェクトでは工業団地を一つ作るので、建設関係も必要だし、ホテルマネージメント系も重要になる。まったく違う人とクロスしてやる。 みんな全然違う分野のプロフェッショナルが集まって、チームを作って取り掛かる。日本の会社から見ると「雑」と言われるかも知れないが、規制にとらわれない元気さとスピード感がある。

日本が失った大事なもの

「唯栢有限公司」事務所入口

 話で聞いたのだが、海外に行きたがらない日本の若者が増えているそうだ。これは、自分たちの世代にも責任があると思っている。「頑張ってもこの程度にしかなれない」と思うと、自然と力が入らなくなるもの。僕の若いときは、「頑張ればこんなに凄いことになるんだ」と、希望があった。周りの大人には、自信のある人たちが結構いたが、バブル崩壊後にこれがなくなった――日本の失ったもっと大きなものだと思う。

 バブルがはじけて、日本は金銭的なものも失ったが、一番の損失はこの“自信”だったと感じている。僕は今、仕事がとても楽しいし、人生を楽しんでいるからこそ、それを若い人に伝えなくてはならないと思っている。

 「頑張れば、頑張った分だけ得られるものがある」――少なくともここ、香港にはそれが間違いなくあるということを。

 
室橋 東洋(むろはし・とうよう)さん
1966年東京生まれ。1990年商学部商業・貿易学科卒業後、アメリカはニュージャージー州のフェアリーディキンソン大学(FDU)の大学院に進学し、MBAを取得。その後帰国し、1993年に株式会社ユニデンに入社、10ヶ月の研修を受けた後テキサス州ダラス駐在員として再びアメリカへ。2000年にコブラエレクトロニクスに転職し、香港を拠点として買付・ソーシングを行う。現在、友人の会社(唯栢有限公司)にジョインし、香港に事務所を起ち上げ、ベトナム向けの新規プロジェクト実現に向けて奮闘中。