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浅津 このみさん

浅津 このみさん【略歴

一人三役-無駄なし1日24時間管理術

浅津 このみさん/バンクーバー五輪ボブスレー出場選手

 来年2月には冬季五輪ソチ大会(ロシア)が開かれる。
 ボブスレー女子で五輪2度目の出場を目指す浅津このみさんは中大職員、五輪候補選手、古巣の中大女子陸上競技部コーチという三役をこなす。
 それぞれに満足した結果を残したい。
 実践中の「時間管理術」を教示してもらった。

時間がない!?時間はある

左手で上手にハシを使い、ゆっくりしっかり食べる

 「あー時間がない」と嘆く人にはまさに金言だろう。浅津さんは食事に毎食30分かけている。忙しい朝でも30分。体脂肪タニタの社員食堂で知られる「タニタ食堂」で勧める食事時間は20分だ。試してみると20分でも長く感じる。

 浅津さんは右利きながら左手でハシを持つ。「ゆっくりしっかり食べるためです。こうすると満腹感を味わえます。陸上時代から始めました。左手を使うと体の左右のバランスもよくなります。トレーニングの一つですね」今では、この人左利きなんだ、と思わせる見事なハシさばきだが、当初は痛みが走った。

 「ここが張ってきますよ」

 左手の親指と人差し指の付け根がつくるVゾーンが痛くなった。慣れない人には楽しい食事ではなくなり、いらいらしてもう嫌だ、とサジを投げてしまうかもしれない。

 毎食30分、時間を取るにはその前段階での準備が必要だ。朝寝坊して、慌ててパンをかじりながら着替えをするなんてことはない。“ゆっくり朝食”のために逆算して行動を起こす。夜は早めに寝る。しっかり睡眠を取るのも強化メニューだ。憂いなく床に就くまで、常時目の前のことをその時間内で完結する。後にすることが控えているから、後回しにはできない。集中力を高めて今に向かう。

 「仕事でいえば終業時にあしたの段取りをします」優先順位を考えて、するべきことを洗い出す。

初めての冬

 何事にも一生懸命だ。競技生活は陸上競技の七種競技を専門とした。男子なら十種競技。

 トップ・オブ・アスリートと称賛される種目である。凡人は二兎すら追えないが、女性アスリートは100m障害、200m、800m、走り高跳、走り幅跳、砲丸投げ、やり投げと走って跳んで投げている。

 2008年に日本選手権準優勝。同年の日本学生選手権では文句なしの優勝。以来、日本の牽引車として注目を浴びてきた。

ボブスレー滑走直前の浅津さん

 転機はその体力、向上心を兼ね合わせた高い競技力にあった。五輪代表選手を探していた冬季五輪ボブスレー関係者の目に止まる。中大・浅津選手を大学入学時から4年間追いかけていたのがボブスレー日本代表チームの石井和男監督だ。

 ボブスレー選手に転向したのは過去、陸上競技からはスプリンターの青戸慎司選手(中京大学職員)が1998年長野五輪代表になり、女子ではソフトボール日本代表チームのエース、高山樹里選手(豊田自動織機)が2010年バンクーバー五輪代表の最終選考まで残った。

 「ボブスレーを見たこともなかった」という浅津さんは島根県出雲市出身。ボブスレーの競技場は国内で唯一長野県にあり、一般の人はボブスレーを五輪中継で観るのがせいぜいだ。

 2009年、23歳。自身初のボブスレー・シーズンで国内チャンピオンになり、翌年のバンクーバー五輪では日本代表へ駆け上がった。陸上競技で果たせなかった五輪出場を「見たこともなかったソリに乗って」果たしたのだ。五輪は16位だった。

70kgから75kgへ

 負けず嫌いに火が付いた。秋から冬はボブスレー、春から秋が陸上七種競技とそのコーチ。体重は競技別で変わる。ボブスレーの75kgに対し陸上は70kg。食事量は冬が終わると徐々に減らし、毎年体重5kgの増減を繰り返す。

 雪の中、175cm、75kgの体で重いソリを押す人が、春の日に走り高跳のバーを軽やかに越えていく。

 「ボブスレーを始めてから、いろいろな人と話すようになりました。外国人選手とよく会うので英語ももっと話せたらいいなと思って。トレーニングのことも聞けるし」と英会話の勉強に力が入る。こうして、自分に課すことが増えていく。時間管理に迫られるわけである。

資金調達

全日本選手権制覇の表彰台で照れる浅津さんと吉村美鈴さん(右)

 日本を代表するボブスレー選手になっても、競技に必要な経費はほとんどが自己負担だ。海外遠征が多く、年間経費は約500万円。当初は1歳違いの姉でバレーボールVプレミアリーグ、パイオニアのアタッカー、浅津ゆうこさんが援助してくれたが、いつまでもというわけにはいかない。

 自分でスポンサーを探している。企業に自ら考えた文面でメールを出し、出向いて説明する。「100件出して1件あればいいほう」だそうだ。厳しい経済状況下、テレビにほとんど映らない競技に高い関心を示すところは少ない。2時間ほどテレビに映る駅伝やマラソンと違うところである。

 「コツコツとやっていきます」。たとえダメでも見聞は広まり、社会が分かる。スポーツ界だけではなく、こうした世間との交流がまた人を大きくし、やる気を引き出す。

 中大職員、ボブスレー、陸上競技、同コーチ、スポンサー探し、英会話習得…。時間を有効利用して、すべてを自分のモノにしたい。周囲から「ゆっくり食べているね、あなた、左利きだね」と見られるのは30分の食事タイム。それですら競技力強化の時間とは、話を聞くまで分からないだろう。

提供:『HAKUMON Chuo』2013春号 No.231

 
浅津 このみ(あさづ・このみ)さん
1986年生まれ。島根県出雲市出身。七種競技の選手であり、2008年に日本選手権準優勝、日本学生選手権優勝。2009年からボブスレーを始め、自身初のボブスレー・シーズンで国内チャンピオンに。2010年バンクーバー五輪では、陸上競技で果たせなかった日本代表に選出され16位の成績を残す。同年中央大学文学部卒業。現在は2014年ソチ冬季五輪を目指しながら中央大学の職員を務め、陸上とボブスレーの選手として活躍中。座右の銘は「人事を尽くして天命を待つ」。