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上山 幸正さん【略歴

弁護士ってどんな仕事なの? ~ かごしまの弁護士 よもやま話

上山 幸正さん/弁護士 弁護士法人かごしま 上山法律事務所 所長

桜島フェリーから望む桜島

 「弁護士ってどんな仕事なの?」子どもに聞かれたことがある。ほとんどの人は実際の弁護士の仕事ぶりを見たことはないはずだ。弁護士の仕事を端的に説明するのは難しい。最近、弁護士を志望する人が少なくなったと聞く。法科大学院へ進む人も法学部へ進む人も減っているらしい。さもありなんと思わせる出来事にはいくつも思い当たる。少し残念な思いがする。

中央大学でお世話になった時代

鹿児島の西郷銅像は軍服姿

 私は、昭和56年に鹿児島という田舎のそのまた片田舎の鹿屋高校を卒業して中央大学法学部法律学科へ進んだ。中央大学も八王子多摩キャンパスという恵まれた環境でホッとした(近々、都心回帰の予定と伺っている。)。それこそ弁護士の具体的なイメージもなく司法試験もよく分からないまま入学した。受験団体、研究室に入るわけでもなく司法試験受験を続けた。それでも楽観的にいつか受かるだろうと思っていた。当時はそういう受験生も多かったように思う。受かったから言えることだが根拠のない自信というのも案外大切なものだと思う。そんな私に受験を続けさせてくれた両親には感謝してもしきれない。一緒に受験勉強をしていた友人も多くリタイヤして行った。涙の別れがあった。今でも親しくしている牧野聡先生が合格してお尻に火が付いた。お茶の水駿河台記念館の法職研究室で受験指導を受けはじめようやく司法試験のイメージがつかめるようになった。

司法試験合格から名古屋でのイソ弁時代

もののけ姫のモチーフといわれる屋久杉の森

 今年ダメだったら方針転換と決めた平成5年、司法試験に合格した。そういうものである。第47期司法修習生として前期は湯島後期は和光、両方の研修所に通った。実務修習地は第3希望と書いた名古屋だった。今でも行われているだろうか、名古屋修習の冒頭名古屋弁護士会白門会法曹会主催で修習生歓迎会が開かれお呼ばれした。中央大学法学部ってすごいんだなあと舌鼓を打った。実務修習は楽しかった。弁護修習先の高山光雄先生は中央大学の先輩でもあり本当にいろいろなことを教えていただいた。そのご縁でイソ弁として2年間お世話にもなった。今年も例年どおり高山事務所主宰の新年会に参加させていただく予定でいる。とても魅力的な環境だったのだが、名古屋の良い意味での閉鎖性というか地縁血縁の濃さを感じて根を下ろすことに躊躇を覚えた。ご縁と運には恵まれている方だが、幸い名古屋での生活の間に岐阜県多治見市出身の伴侶を迎えるという人生最大のご縁をいただいた。「苦労するけど鹿児島に帰って一から独立開業で頑張ろうと思う、一緒についてきてくれるか」という問いに彼女は快諾してくれた。鹿児島県弁護士会に登録替えすることを決めた。平成8年10月のことである。

鹿児島でのイソ弁時代

開聞岳と日本最南端の駅西大山駅に向かう列車

 鹿児島への引越を準備していたある日、池田洹先生から電話を受けた。登録替えするのだったらイソ弁として一緒に働かないかというお誘いであった。今年200名の登録を超えた県弁護士会も当時は70名程度、未だ弁護士会館もない時代であった。平成9年5月から池田先生の照国総合法律事務所にお世話になった。生活の心配すらあった鹿児島での弁護士生活も順調に始まり、子どもにも恵まれた。鹿児島では大所帯の事務所であったので多種多様な仕事をこなして経験を積むことができた。順風と思っていたところ母親の体調不良等があり担当する仕事との時間のやりくりが難しくなった。事務所に迷惑をかけるわけにもいかず、独立を申し出たところ池田先生のお許しを得た。平成13年のことである。現在まで公私ともに池田先生には大変お世話になっている。

自分で事務所を構えて

 一国一城の主というと格好良いが、考えるべきことは多く結構大変である。大変ではあるが楽しくもあり充実した毎日が続く。思えばイソ弁にはボス弁からの事件の振られ方には敏感に不満を感じる習性が備わっているらしい。独立するとそういう不満は消えてなくなる。当時は商工ローン・消費者金融の過払い請求事件が増えた時期であり、売り上げには恵まれた。その後の業界の変化を思えば、イソ弁時代に一般の民事・家事事件、刑事事件をたくさん経験でき処理の仕方を学べたことは大きな財産となった。県弁護士会では平成17年に副会長を平成18年から平成22年までは刑事弁護委員長を務めた。

 平成19年、長男に自閉症スペクトラム、知的障害があることが分かった。我が子に知的障害があってはじめて障害者の世界を具体的に切実に知った。障害のことなど知らないほうが幸せな人生なのだろう。しかし、関わった以上、その環境の中で学んでいくほかない。他人の人生と比べることなどできない。障害児を取り巻く環境は当時より多少ましになったようだが、当時は限られた社会資源の中で少しでも彼の今後の生活に役立つ療育を受けさせたいという思いが心の多くを占めており、自閉症のことやら療育施設やら彼の成長に役立つ情報を求めて躍起になっていたように思う。

 平成20年にはこんな私もボス弁の立場となり、平成25年には弁護士法人かごしまという法人組織を設立した。法人組織の方がイソ弁さんにとっても事務員さんにとっても働きやすいだろうし、依頼者にとっても継続性のある事務所を期待されるであろうと考えたからである。お付き合いいただいている中小企業の経営者から学ぶ素晴らしい経営方針を弁護士の仕事場に生かせないかと考えている。私自身は、長男の障害のこともあり、障害者福祉の世界が障害者とその家族にとって今より良いものにならないかと考えることが多い。自ずと日弁連の高齢者障害者権利支援センターの委員や鹿児島県の障害者施策推進協議会・障害者差別解消支援協議会の委員の仕事をいただくようになった。何やら平成元号最後の年ともいわれている平成30年4月からは県弁護士会のトップが回ってきそうな雲行きである。

弁護士ってどんな仕事なの? ~ 想定Q&A

 もちろん最低限のところは押さえておく必要はあるが、人生において学力とか才能に負うところは実は多いわけではなく、人との出会いやご縁、仕事との出会いや巡りあわせ、パーソナルなところでは人柄(ヒトガラ)や持って生まれた運を大事にして物事に取り組むと自ずと道は開けていくものだと思う。弁護士の仕事も例外ではない。冒頭の問いに戻ろう。

Q「弁護士ってどんな仕事なの?」

「弁護士が100人いれば100人違った仕事をしているよ。弁護士の仕事の中身は出会った弁護士さんや入った事務所によって大きく変わるよ。でも出会った事件や依頼者、弁護士さんとのご縁を大切なものと感じて真摯に取り組んでいけば自分らしい仕事の仕方が見つかるし、自分らしい仕事ができるようになるよ。弁護士ってそういう意味で自由で面白い仕事だよ。」

Q「弁護士っていい仕事なの?」

「いい仕事だと思うよ。幸せいっぱいの人が事務所を訪ねてくることはないけど、事件が終わった時にその人が背負ってきた重荷を下ろしてあげるお手伝いができると『ありがとうございました。』という言葉と一緒に心から感謝されるよ。それがいい仕事だと感じられる人にとっては、とってもいい仕事だよ。ずっとそう言えるように頑張るよ。」

一人でも弁護士を目指してみようかという人が増えることを願って。

~ 初雪の舞った鹿児島の冬空のもと ~

上山 幸正(うえやま・ゆきまさ)さん
弁護士 弁護士法人かごしま 上山法律事務所 所長
鹿児島県出身。1963年生まれ。
1985年 中央大学法学部法律学科 卒業
1993年 司法試験合格
1995年 司法研修所 終了 弁護士登録
      高山法律事務所(愛知県弁護士会)入所 勤務弁護士
1997年 照国総合法律事務所入所 勤務弁護士
2001年 上山法律事務所 開設
2005年 鹿児島県弁護士会副会長(任期2005年4月~2006年3月)
2006年 鹿児島県弁護士会刑事弁護委員会委員長(任期2006年4月~2010年3月)
2013年 弁護士法人かごしま 設立

日本弁護士連合会高齢者障害者権利支援センター 委員
鹿児島県障害者施策推進協議会 委員
鹿児島県障害者差別解消支援協議会 委員

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