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中山 孝雄さん【略歴

東京地裁民事部の現状と課題等

中山 孝雄さん/東京地方裁判所判事

1 はじめに

 法曹の間では司法修習の期でキャリアを把握することが多い。この1月に着任した新任判事補は69期である。39期の私は既に任官以来30年を経ていることになり、我ながら驚く。本稿では、現在、私が所属している東京地方裁判所民事部の陣容について触れ、民事裁判の現状と課題や取組の一端について紹介することとしたい。

2 東京地裁民事部の陣容

 東京地裁(本庁)は、その規模・陣容においておそらく世界最大の地方裁判所だと思われる。民事部に限ってみても、通常部が34か部(裁判官が他の通常部のほぼ倍いる大合議部や医療事件を集中して取り扱う医療集中部4か部が含まれる。)、専門部が17か部(行政部4、労働部3、知的財産部4、商事部1、保全部1、破産再生部1、執行部1、調停・借地非訟・建築部1及び交通部1)あり、全体で51か部となる。裁判官は合計300人近くおり、書記官を含む職員は700人余りにのぼる。法廷だけでも大小合わせて100近くある(平成28年11月時点)。年間に取り扱う事件は、通常訴訟(専門部が扱う訴訟を除く訴訟)のみで年間約4万件余りあり、これに各専門部が扱う各種の専門訴訟(合計4300件余り)、破産・再生事件(1万件余り)、各種執行事件(1万6000件弱)、各種保全事件(3800件余り)、各種調停事件(400件弱)、労働審判事件(1000件弱)などが加わる(平成28年実績)。なお、刑事部は14か部であり、裁判官約70人、書記官らの職員は220人余りである。

3 民事裁判の現状と課題

 東京地裁本庁が管轄する地域は行政機関が集中し、株式会社の多くがその本店を構える政治、経済の中心地である。当然のこととはいえ、先端的な法律問題を含む専門的で複雑困難な訴訟も多い。通常部での経験を顧みても、例えばコンピュータソフトの開発を目的とする請負契約を締結したものの、成果物が完成せず、あるいは完成しても瑕疵があるとして損害賠償を求める訴訟(IT関係訴訟)では、そもそもどのような成果物を作る合意がされたのかの事実認定に困難を伴うことも多い。その際には、ソフトという専門的で視覚化がしにくい分野の基礎知識をどのように当事者と共有するのかといった課題に直面する。各種の金融商品(仕組債等)を購入して損害を被った者が説明義務違反等を理由に損害賠償を求める訴訟では、その金融商品の構造を把握することに相応の労力を要することが多い。東日本大震災に起因して生じた原子力発電所の事故を巡っては、多くの損害賠償請求訴訟が提起されているが、国の規制権限の不行使の違法を問う訴訟では原子炉の安全対策等に関する専門的知見が必要となる。原子炉運営会社に対する損害賠償訴訟では、人身損害、営業損害、風評被害を含め、事故と相当因果関係のある損害の範囲を認定する上で、実に様々な問題が存在する。

 また、インターネットの普及に伴い、ネット上に掲載される表現が名誉やプライバシーを侵害するとして提起される訴訟や保全処分も多い。その中には、先頃、最高裁が初の統一判断を示した事案のように、いわゆる「忘れられる権利」と称される人格的利益と、表現の自由ないし知る権利との価値の相克をどのような基準をもって調整すればよいのかといった役割を司法が問われることもある。

 さらに、経済活動のグローバル化に伴い訴訟等の国際化も顕著である。破産再生部での経験では、外国債権者がいる倒産事件が従来に比べ格段に増加し、外国で提起された訴訟への対応が日常的に問題となっている。また、ビットコイン取引所の運営会社の破産事件では、全世界に約12万人いる債権者からいかにスムーズに債権届出をさせるのかが課題となり、インターネットを活用した事案もある。

 これらの事件は合議事件(3人の裁判官によって審理判断する。)として扱われることが多い。率直に言って、重く、難しい事件が増えていると実感する。専門化、複雑化、価値の多様化、国際化といった流れが一層進展する現状の下、裁判所としては、合議を充実・強化し、裁判官室のみならず書記官室も含め、部としての持てる力を十分発揮しながら、個々の訴訟により提起される問題の背景や本質を把握し、当事者が真に判断して欲しいと望む争点について、相応の審理期間の中で集中して証拠調べを行い、いかに説得力ある解決方法を提示できるのかが改めて問われているといえる。

4 審理判断を充実させるための取組

 東京地裁民事部では、合議の充実強化、書記官との連携強化、争点及び証拠の整理手続の運用改善といった場面等で幾つかの取組を行っている。

 合議の充実強化についてみれば、多くの部において、部の構成を経験豊富な裁判長1人、中堅の右陪席裁判官2人、比較的経験の浅い左陪席裁判官1人の4名とし、右陪席の異なる二つの合議体を構成できるものとした上で、裁判長が担当する単独事件を従前より減らすことにより、裁判長として合議事件へ十分な労力を投下できる態勢を整備した。また、裁判官は独立して職務を遂行する立場にあるとはいえ、審理判断の質を高めるためには、自らの審理判断を客観的に顧みる機会を設ける必要があることから、具体的な事例を素材(合議事例)として、高裁の裁判官と地裁の裁判官との間又は地裁の部相互間で訴訟運営の在り方等について議論する事例検討会を行う試みを始めている。これらの機会を通じて、相互批判を含め、裁判官同士が率直に議論をし、意見交換ができる文化を根付かせることが必要だと感じている。さらには類似の訴訟を抱える部が、部内の合議にとどまらず、部を跨いだ議論をし、多角的視点を得る機会を作ることを目的に、例えば有価証券報告書の虚偽記載を理由とする株主からの損害賠償請求訴訟などの特定の訴訟類型について、部を超えて意見交換をする検討会を立ち上げるなどの工夫も行いつつある。裁判所が専門的な訴訟に対処する上では、その専門分野に関する知見をいかに獲得するのかという点も、もとより重要である。その一つの方策として専門委員制度を有効に活用することが挙げられる。そこで、その有効活用を検討する委員会では、合理的な活用事例を集積し、これを紹介することを通じて、その普及を図る活動も行っている。

 次に、部の機能の活性化のためには裁判官室と書記官室との連携の強化も重要である。裁判は裁判官のみでできるものではない。長期未済事件の処理や大型訴訟の対応等の場面では、部としての目的や課題について裁判官室と書記官室とが認識を共有し、相互にどのような役割分担の下にいかなる寄与・貢献ができるのかを主体的に考えることができる組織にする必要がある。この面では、裁判長のリーダーシップが問われるとともに、部内ミーティングの機会等を通じて認識の共有化を図る試みが継続されている。

 最後に争点及び証拠の整理手続の運用改善について述べれば、数年にわたり、弁護士会との間で、上記手続の改善について意見交換を続けてきている。現在は、口頭による率直な議論を活性化させ、当事者やその代理人との間で早期に争点に関する認識を共有するための具体的な方策について協議を続けている。

5 おわりに

 以上に述べた取組は、継続することが大切であり、直ちに効果が出るというものではないが、センターコートとしての職責を果たすため、引き続き、工夫を重ね、より良い民事裁判の実現を目指していきたいと考えている。

中山 孝雄(なかやま・たかお)さん
長野県出身。1960年生まれ。1982年中央大学法学部法律学科卒業。1984年司法試験(修習39期)。1987年4月大阪地裁判事補に任官。
以後、長野地家裁判事補、名古屋法務局訟務部付、新潟地家裁新発田支部長、東京地裁判事、法務省大臣官房審議官(訟務担当)、東京高裁判事などを経て、2013年7月から東京地裁部総括判事。通常部、破産再生部の各部総括を経て、現在、保全部の部総括と民事部所長代行者を兼務。主要な著書(編著)として「破産管財の手引(第2版)」(金融財政事情研究会、2015年)などがある。