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西海 真樹

西海 真樹 【略歴

教養講座

持続可能な開発と文化

西海 真樹/中央大学法学部教授
専門分野 国際法学

国際法協会ソフィア大会

 昨年8月末、ブルガリアのソフィアで開かれた国際法協会(International Law Association)の研究大会に出席した。協会は「国際公法および私法を研究し、解明し、発展させること」を目的とし、1873年にブリュッセルで創設された、世界規模の法律家の団体である(http://www.ila-hq.org/新規ウインドウ)。46の国と地域に支部をもち、会員数は3500人を超える。研究大会は2年ごとに開催され、世界中から数百の人々が集まる。協会には20を超えるテーマ別の委員会が置かれ、そこでは次のようなテーマが扱われている。「海洋法における基線」「文化遺産法」「フェミニズムと国際法」「国際家族法」「イスラム法と国際法」「武力紛争犠牲者への賠償」「宇宙法」「非国家アクター」「気候変動に関する法原則」…。各委員会は、数年にわたって随時会合をもち、テーマを審議・検討し、機が熟すと報告書や決議を研究大会に提出する。それらは研究大会最終日の総会で審議の末、採択される。

 私が属しているのは「持続可能な開発に関する国際法」委員会である。同委員会は、2003年に発足、30人の委員から構成され、委員の出身国は20カ国におよぶ。同委員会はベルリン、トロント、リオデジャネイロ、ハーグで開かれた各研究大会に第1次~第4次の報告書を提出してきた。今回、最終報告書を提出し、それは総会において満場一致で採択された。最終報告書は、持続可能な開発がどのように国際裁判に取り込まれているかを検討し、評価するものである。検討対象となったのは国際司法裁判所、国際海洋法裁判所、欧州人権裁判所、米州人権裁判所、アフリカ人権裁判所、世界貿易機関紛争解決機関、北米自由貿易協定、投資紛争解決国際センターなどの多数の判例である。最終報告書の詳細な分析と考察はきわめて貴重であり、今後、持続可能な開発に関心をもつ国際法研究者にとっての共同財産になることは疑いない。協会が採択する報告書や決議は、各国を法的に拘束するものではない。けれども、それらのうちのいくつかは国、国際組織、国際裁判の実行に間接的に影響をおよぼし、ひいてはそれぞれの分野での国際法・国内法規範の形成と解釈に寄与することになる。最終報告書の採択により、同委員会は任務を終え、解散した。昨年11月に「開発のための持続可能な天然資源管理における国際法の役割」委員会が新たに発足し、今後、持続可能な開発の問題を特に天然資源管理の面から研究していくことになった。

持続可能な開発とは何か

 1970年以降、オゾン層の破壊、地球温暖化、生物多様性の減少などの地球規模での環境破壊、汚染が国際的に注目されてきた。これらの環境破壊、汚染は、その加害国を特定できず、いずれの国もその破壊・汚染の影響から逃れられないという意味で、すべての国の利害にかかわる。さらにそれらは将来世代にも不可避的に影響をおよぼす。つまり、これらの環境破壊、汚染は、時空を超えたすべての国と人々の生存にかかわる問題である。この地球環境問題に適切に対処するためには、加害者・被害者関係を軸に作られた従来のルールでは不適切であり、より包括的、未来志向的な新たなルールを構築しなければならない。この新たなルール作りに大いに貢献しているのが「持続可能な開発」である。

 「持続可能な開発」は、1987年の「環境と開発に関する世界委員会」の報告書『われら共通の未来』で提唱されて以来、急速に国際社会に広まった。それは「将来世代がその必要を満たす能力を損なうことなく、現在世代の必要を満たすような開発」を意味する包括的な概念である。その構成要素としては統合原則、天然資源の持続可能な使用と保全、世代間・世代内衡平、共通だが差異ある責任、よい統治、予防原則などがある。持続可能な開発は、気候変動枠組条約、生物多様性条約、オゾン層保護ウィーン条約などの地球環境保全を目的とする国際条約に取り入れられた。また、国際司法裁判所の核兵器合法性事件、ガブチコヴォ・ナジュマロシュ事件、ウルグアイ川パルプ工場事件、WTO紛争解決機関の小エビ・小エビ製品輸入禁止事件などで適用された。その結果、持続可能な開発は国際環境法上の法原則の地位を占めるに至った。現代国際法は、国や国際組織に対して、経済・環境政策の決定・実施の際に持続可能な開発という目的を考慮に入れるよう求めている。

 同時に、持続可能な開発は倫理的な概念でもある。現在世代のみならず将来世代の生活の質を考慮に入れている点(通時的側面)、および、「北」の人々に大量生産・大量消費的生活の変革を迫るとともに「南」の人々に開発とよい統治の必要性を強調している点(共時的側面)にそれは現れている。つまり、持続可能な開発は、この世に生まれた人々、将来生まれ出る人々が、等しく人間としての自己実現の可能性を保障されるべきであるという人間観・世界観に立脚して、私たちの生活を全地球規模で見直すことを促している。

持続可能な開発と文化多様性

 持続可能な開発は、当初は何よりも環境保護と経済開発とを両立させるための概念・構想と捉えられていた。しかし、開発概念の拡大に伴い、そこに社会的側面が含められるようになった。持続可能な開発がいっそう包括的なものになりつつあるとすれば、そこに文化的側面が含められることは自然のなりゆきだろう。人間は何らかの社会集団の中で生活し、その社会集団はそれぞれに固有の精神的、物質的、知的、感情的特徴つまり文化を有している。人間生活に必ず伴う文化的側面を考慮に入れずに、人間社会の持続可能性を論じることはできない。それゆえに経済、環境、社会と並んで文化についても、将来世代の文化環境を損なわずに現代世代の文化環境を確保していくことが求められることになる。

 持続可能な開発の文化的側面として重要なものが文化多様性である。持続可能な開発にとってなぜ文化多様性が必要なのだろうか。そこには2つの根拠がある。1つが「文化的存在としての人間の存続」である。さまざまな文化が並存している方が人間はより良く環境に適応できる。多様な文化が並存してきたからこそ、人類は環境変化を乗り越え、存続することができた。他と異なる文化を生み出し、文化多様性を維持することは、人類が将来の環境の変化に適応する可能性を高める。さらに文化そのものが自らの創造力、活力を保持するために他の文化の存在を必要としている。新たな発想は他の文化との出会いから生まれ、異なる文化の間の絶えざる交流の中に文化的創造力の源泉がある。異文化間の交流と革新を実現するためには、その前提として多様な文化が存在しなければならない。

 もう1つの根拠が「安全保障と少数者の人権保障」である。国家間の相互理解の欠如が戦争、武力紛争、テロリズムを生み出した。平和を築くためには異文化間の相互理解と寛容が必要である。人々が多様な文化を互いに認め、自らが属する文化以外のさまざまな文化について知ることは、紛争を未然に防止し、平和の構築に寄与する。冷戦終結後、民族問題や地域紛争が噴出すると、それへの対策として、文明間・文化間対話が安全保障や平和構築の観点からも捉えられるようになった。他方で、一国家内部にも先住民、少数民族、移民など異なる文化に属する人々が存在する。多様な文化のあり方を認めることは、これらの人々の生活様式、価値観、言語などを認めることである。文化多様性の尊重は、安全保障や平和構築に資すると同時に、他者を尊重する多文化共生社会の実現にも寄与する。

文化多様性、多文化主義、文化的権利

 UNESCOは2005年に文化的表現多様性条約を採択した(2007年発効、日本は未批准)。この条約において文化多様性とは「集団および社会の文化が表現を見出す方法の多様性」を意味し、発展、人権、平和、民主主義、思想の自由な流通、文化財・文化サービスの国内的・国際的普及、持続可能な開発、人類の共同遺産などと結びつけられることで、開かれた動的な概念になっている。また、文化多様性を保護・促進するための措置・政策をとるという国の主権的権利が承認されている。ただし、そこには後述の多文化主義への言及はなく、多文化主義政策を通じて一国内の少数者の伝統文化、言語、生活習慣を政府が保護し、これらの社会参加を促すことは国に義務づけられていない。そのような義務を伴うことなく国が文化多様性を保護・促進する主権的権利をもつと明言するこの条約には、国家間主義的性格がうかがえ、主権的権利の名の下に一国内の少数者の文化を中央政府が抑圧するという危険が払拭されていない。他方、持続可能な開発との関連では、文化多様性が持続可能な開発の主動力となること、特に途上国にとって文化と開発との関連が重要であること、文化が開発の基本的推進力の1つであって開発の文化的側面はその経済的側面と同様重要であることが承認されている点で、この条約はきわめて重要な法的文書である。

 このような文化多様性に密接にかかわる概念として、多文化主義と文化権がある。多文化主義とは、民族、移民集団、被差別集団、宗教的少数者などの集団により担われる多様な文化の存在を前提として、一国の政府が、対内的・対外的に複数の文化を恒常的に公認することを許容し擁護する態度を言う。持続可能な開発の文化的側面としての文化多様性が国内的に十全に実施されるためには、政府が多文化主義政策を採ることが求められる。文化権とは文化領域に関する個人の権利の総体であり、文化を享受する権利、文化を創造する権利、文化活動に参加する権利から構成される。そこには自由権的側面と社会権的側面があり、それらは各国憲法や諸条約により法的正当化が可能である。文化権が承認されて初めて、国家の主権的権利にとどまる文化多様性が多文化主義に転化することになる。

 日本は、上述の文化的表現多様性条約の採択に積極的だった。ただし、そこにはこの条約をあくまでも文化の領域に閉じ込めようとする姿勢がうかがわれ、文化を経済や貿易と調和的かつ総合的に捉えていこうとする意識は希薄だった。さらに、多文化主義や文化権をわが国国内で実現していくためには、少数者や外国人の教育、労働、地域参加の面で多くの課題が残されている。持続可能な開発の文化的側面としての文化多様性は、文化権に依拠した多文化主義を実現することによって、初めて具体的、実質的なものになる。すべての個人・人間集団の自己実現が、経済、政治、環境とともに文化においても可能となるような社会が、一日も早く地域、国、グローバルの各レベルで成立するよう願っている。

西海 真樹(にしうみ・まき)/中央大学法学部教授
専門分野 国際法学
東京都出身。1955年生まれ。1980年中央大学法学部法律学科卒業。1985年中央大学大学院法学研究科博士後期課程中退。法学修士(中央大学)。熊本大学法学部助教授、中央大学法学部助教授を経て、1996年より現職。研究テーマは、文化と国際法、人道的救援、南北問題と国際法など。主要著書・訳書に『今日の家族をめぐる日仏の法的諸問題』(共著、日本比較法研究所、2001年)、『国連の紛争予防・解決機能』(共著、日本比較法研究所、2003年)、『NGOの人道支援活動』(共訳、クセジュ文庫、2005年)などがある。